
長瀬隆のホームページにようこそ(04年10月開設、11年7月26日大幅改定)
自己紹介
1931年樺太(サハリン)大泊(コルサコフ)に生まれる。47年引揚。 早稲田大學露文科卒。57年日本原水協代表団のロシア語スタッフとして初めて訪ソ(同時に訪中)。59年ウィーン平和友好フェスチバルに参加、同行した被団協代表の辛島和子(広島1.3キロ)と翌60年に結婚。同年末より89年まで貿易商社に勤務、主としてソ連を、また中国を若干担当。
作品に『樺太よ遠く孤独な』(84年、西田書店)、『ヒロシマまでの長い道』(89年、晩聲社)、『微笑の沈黙』(95年、同)が、また翻訳にペレヴェルゼフ『ドストエフスキーの創造』(89年、みすず書房)がある。
99〜2002年季刊誌『早稲田・1950年・史料と証言』全6冊の編集に従事、ドストエフスキー学者にしてマルクス主義者であった松尾隆(木寺黎二)教授(1907〜56)につき評伝180枚を連載。
本HPに全文掲載。
2003年草思社より評論『日露領土紛争の根源』640枚を刊行。
同書に詳述せるチェーホフ『サハリン島』の日本関連記述についての学的発見を、04年チェーホフ没後100年記念国際学会(メリホヴォ)にて報告、同学会論文集に収録さる。詳細は露文・邦文にて本HPに紹介している。
2008年成文社より『ドストエフスキーとは何か』700枚を公刊
1 総 論
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