第24回 美濃神海から関ヶ原まで

稲穂の向こうに伊吹山

東海自然歩道弟24回目は久しぶりに会社の同僚A君といっしょに歩いた。

平成15年9月1日(月)新横浜駅でA君と待ち合わせ、10時20分発の「ひかり」に乗り込んだ。大垣で樽見鉄道のレールバスに乗り換え、終点の樽見まで行く。駅前の山田屋旅館に荷物を置き、根尾の淡墨桜を見に行く。この桜は樹齢千五百年とも言われる古木で花の頃はたいへんな人出となるが、今はシーズンオフとて我々の他は誰もいなかった。

翌2日(火)樽見発6時20分のレールバスに乗り神海着6時40分、そこから歩く。朝から残暑が厳しい。しばらく根尾川沿いに上り、それから山道に入る。華厳寺への道を左に分け右に登っていくと奥の院、ここからきつい登りとなる。
妙法ケ岳(667m)11時、ここで昼食をとる。しかし、しきりにぶよが寄ってくるので早々に昼食を切り上げる。ここからアップダウンがつづき、しかも暑いのでまいってしまった。しかも気づかぬうちにA君は山蛭に吸いつかれ、シャツの胸元が血で真っ赤になっていた。ベンチもある三角点から横蔵寺方面へ下りるのであるが、道がどうしても見つからない。下に林道が見えるので薮をこいで下り、最後は崖のような急斜面を滑り下りて林道に出る。林道をしばらく進むと、右側に妙法ケ岳方面を示す標識が、左側に横蔵寺方面を示す標識が立っていた。三角点付近のどこに標識があったのだろうか。
横蔵寺へ下りて14時半、境内の水場で水を思いっきり飲む。ここから下辻越を通り西津汲へ出る予定であったが、疲れていてとても明るいうちには到着できないと判断した。15時半頃谷汲口行きのバスが上ってきたので運転手に西津汲へバスを利用して行く方法を聞いた。このバスは西津汲への路線には出ないこと、西津汲へ行く路線のバス停揖斐峡まで4キロほどを歩くことをすすめられた。揖斐峡まで約1時間歩き、17時5分のバスに乗り東津汲まで行く。ここは久瀬村の中心地で今晩の宿である西津汲の増元屋旅館までいくらもなかった。

翌3日(水)は7時数分前に増元屋を出発した。朝日を背に受けて歩くのであるが、風がなく朝から暑い。9時日坂の集落の道路ばたに岐阜県指定の名水という清水川(しょうずがわ)がこんこんと湧いていた。そのうまいこと、まさに名水である。道路を左に曲がり山道に入る。六合まで380分の標識あり。風はないが登りは木陰道なので助かった。鍋倉山頂上(1050m)12時30分、ここで昼食をとったが、ぶよがわんさと寄ってくるので早々に切り上げて南峰に向かう。20分尾根を歩くと南峰で、ここには立派な避難小屋が立っていた。秋茜が飛んでいた。ここから坦々と下り谷川に出たのが14時、谷山の集落が14時30分、ここは伊勢湾台風のとき大被害を蒙り廃村となったということである。ここで道を間違えた。谷川に沿って下るはずなのに山道を上る方向に標識が向いていた。しばらく行ってから引き返す。この谷川(高橋谷川)沿いはなかなかの渓谷美がでそれが車道に出るまでつづいていた。車道に出たら左に折れ600mくらい下ると、六合バス停の傍に今夜の宿である森本屋旅館があった。ここの湯は伊吹山の薬草の成分を溶かした褐色の薬湯であり、いかにも薬効のありそうな様相がただよっていた。

翌4日(木)はA君と別れて単独行となった。思えばA君から三晩にわたって指導碁を打ってもらった。7時5分A君に見送られて車道を粕川沿いに下る。途中7時30分教如上人御清水潤いの泉があり、おいしい水だった。瑞厳寺8時5分、蘇生の泉8時30分、ここの水もおいしかった。池田山を廻る池田ふれあい街道を行く。古墳群のある願成寺9時10分、さくらの名所霞間ケ渓10時10分、涼雲禅寺10時40分、ここに円興寺方面を示す標識があるが、200mくらい先で行き止まりとなった。ここで右に行ったり左に行ったりずいぶん迷った。意を決して正面の土手をよじ上って平らなところに出たら、はるか彼方に標識が見えた。そばへ行ったら円興寺方面を示す標識だった。思うに前には私有地をコースが通っていたが、それを土地所有者が閉ざしてしまったのに県は標識はそのままにしておいたのであろう。円興寺12時10分、美濃国分寺12時40分、このあたりから伊吹山がよく見えていた。梅谷14時、大滝の集落のあたりから標識が見当たらなくなってしまった。ともかく関ヶ原の方向の道を進む。15時30分ようやく伊富岐神社の方向を示す標識を見つけ伊富岐神社に参拝する。丸山烽火場16時20分、関ヶ原駅に着いたのが16時40分だった。駅ではA君が待っていてくれた。彼は六合からバスで揖斐駅に出て、それから電車で大垣に出て大垣城を見学、バスで伊吹山に登り頂上付近を散策して来たということだった。

今回の歩きはここまでとし、関ヶ原からA君といっしょに列車で帰途についた。


尋ね来て古木つくつく法師かな
山道や汗の臭ひにぶよの来て
山蛭と気づかぬままにシャツに血が
岩清水溢れ流るる清水川
尾根道に憩へば高き秋茜
渓流の音の白さや秋の山
たわたわと稲穂田んぼや伊吹山

平成15年11月17日(月)快晴、9月に歩き残した横蔵寺から東津汲までの分を歩き足した。

新横浜6時53分の「ひかり」に乗り名古屋、大垣で乗り換え、揖斐駅に着いたのが10時だった。そこから横蔵寺まではタクシーを利用した。タクシーは揖斐川に沿って遡り、揖斐峡バス停からは9月にA君と歩いたまさにあの道を横蔵寺まで登って行った。横蔵寺は今もみじ祭りの最中で観光バスが何台も来ていた。この寺は紅葉がいいとは聞いていたが、静かな山寺を想像していたので人の多いのには驚いた。タクシーの運転手によると今年の横蔵寺の紅葉は例年より色づきが良くないという。私も観光客に混じって妙心上人のミイラを拝観した。
11時横蔵寺を出発し飛鳥川を遡り、途中から山道に入り下辻峠は12時15分、そこで一服する。小津へ下りる道は誰とも会わず、倒木が道を塞いでいたりして荒れていた。小津橋13時30分、この橋は揖斐峡の上流にかかる橋である。20分ほど川を遡り、岐阜県指定の天然記念物の大杉があるという白山神社に寄り道する。樹齢八百年という見事な大杉であった。小津橋に戻り揖斐峡に沿って下る。車道はトンネルになっているが、崖を削って川に沿い歩道が通っていた。東津汲に14時45分到着、ここには久瀬村の役場がある。東津汲15時43分のバスで揖斐駅に戻った。