
東海自然歩道第27回は川原から宇賀渓まで歩いた。
平成17年7月12日(火)10時、会社の同僚A君の車に同乗し、川崎市郊外の自宅付近広場から三重県員弁郡大安町に向かう。前回歩いてからほぼ10ケ月が経過している。今夜の宿は大安町石榑南の涼風軒である。現地に入ってから聞いたら、涼風軒は石榑南とはいうものの宇賀渓の入口にあった。16時ごろ到着、夜は例によって囲碁の対戦となった。冷房なしでも涼しく、しきりにほととぎすが鳴いていた。
翌13日(水)朝、おかみさんが宿の車で川原まで送ってくれるという。有難く好意に甘え、川原まで送ってもらった。7時10分に出発して7時35分に川原の集落に着いた。そこで下り、前回お世話になったおばさんの家を訪ねた。我々を見てすぐに昨年のあの時の人と分かってくれたのは感激だった。昨年お世話になった旨お礼を述べ、しばらく歓談した後7時50分にそこから出発した。
15分くらい歩いても途中自然歩道の標識は見当たらず、員弁川の橋まで来た。作業中の老夫婦に道をたずねたら親切に教えてくれた。来過ぎてしまったことを知る。5分ほど戻り左折して山道に入る。ここに東海自然歩道の標識があって然るべきだ。川原グランド前を通り、藤原岳(1128m)を右手に見ながら8時30分中部電力西部変電所の脇を通る。標識にしたがい畑の中、小川のほとりを通り長尾の集落に入ったのが9時10分、集落を抜けて林道に入る。藤原工業団地の舗装道路を行くとT字路にぶっつかった。標識がない。地図と相談をして右に曲がる。100mくらい行ったところに標識が立っていた。標識はT字路の所に立てるべきであろう。山田工業前が10時、そこで舗装道路を離れて左の小道に入る。
藤原養鱒場10時30分、藤原岳の裾の山林に入る。そこを出て坂本の集落を経て聖宝寺へ11時10分に着いた。そばに鳴谷の滝があり、小さいながらも水音は大きく近くへ行くと涼しいので時間的に少し早いけれども昼食とする。11時40分出発する。ところが標識がはっきりしない。滝川に沿って行くようにも見えたので草っぽい道を行くが、どうも様子が変である。臑がむずかゆいと思ったら山蛭が吸いついていた。ひきはがしたが、ズボンの裏が血だらけになっていた。引き返して鳴谷神社へ下りる。鳥居をくぐって外に出て、西藤原駅には12時15分に着いた。ここは三岐鉄道の終点で駅員もいるが待合室は暑い。予定ではここで昼食をと思っていたが、涼しい鳴谷の滝にしたのは正解であった。
東藤原へ向かうも、途中で自然歩道の標識が見えなくなってしまった。右手に太平洋セメント(旧小野田セメント)の工場が見えているので適当に見当をつけて歩く。工場の向こうに藤原岳が見える。姿はなかなかいいのだが、セメントの原料となる岩石を切り出した山肌が痛々しい。標識が見つからぬまま線路沿いに下るも、どうもよく分らないので、畑仕事に行くという老人に聞いたら親切に教えてくれた。ずいぶん来過ぎてしまったようだ。この老人は自分もその方向に行くのだと言っていっしょに引き返してくれた。10分くらい引き返した所に分岐があり、確かに自然歩道の標識があった。しかしこの標識は我々が歩いてき方向からは絶対に見えない。どうしてどちらの方向からも見えるようにつけてくれないのだろうか。教えられた通り三岐鉄道の下をくぐり、しばらく行ってから左折して林道に入る。そこを抜け、新町の集落で一服し清涼飲料水を取る。15時少し前だった。
鋪装道路を左折して田のあぜ道へ下りることを指示する標識があり、道らしくないところをしばらく行く。標識にしたがって山道に入る。山道を出ると石榑北であった。ここからは舗装道路を行き、宇賀渓入口の涼風軒に戻ったのが16時30分であった。夜はまた烏鷺の対戦となった。
翌14日(木)は宇賀川にかかる吊り橋を渡り、福王山の山腹を廻り、切畑の集落へ下りることにする。A君はこの日は歩くのを止め車で切畑へ廻り、私を待ってくれることになった。
7時20分涼風軒を出発する。国民宿舎「登竜荘」の前を通り、7時50分吊り橋に来た。ところが、ボルト腐食につき吊り橋は通行禁止になっていた。それならば谷川を足で渡ろうと川底に下り、膝まで水に漬かって対岸に渡ったのであるが、対岸は急斜面になっていて上の道路に登るルートが見つからない。仕方なく再び水を漕いで引き返した。涼風軒に戻ったのが8時30分だった。宿のおかみさんに頼み車で切畑まで行ってもらい、切畑でA君と合流した。
A君の車で帰途につく。途中福王神社に寄る。ここから20分の歩きで東海自然歩道に出られるので、次回はここから歩いて今回終点となった吊り橋の対岸まで行き、そこからスタートすることにした。桑名インター側のサービスステーションで名物のはまぐりラーメンを食べた。川崎の自宅には16時30分に着いた。