| アグロサイエンスの道を歩んで(1) |
初めてホームページを発行してからもう5年近くになる。丁度古希を迎えたことでもあり、この辺で今まで自分 が歩いてきた道を振り返って見ることにした。幼少年の頃からはじめて、どのようにしてアグロサイエンスの一角である農薬開発の 道に足を踏み入れ、そこでどのような出来事、出会いがあったか、思い起こすままに書いて見たい。その中で、このホームページで 既に書いたことと重複するかも知れないが、農薬について私が常日頃感じていることも書き加えたいと思っている。
幼少年時代の思い出といえば、やはり太平洋戦争のことになる。実際の戦争体験はないが、空襲では何度も 怖い目に合っている。それに、小学生の頃に集団疎開も体験している。未だ事情もよく分からないままに親元を離れ、お寺で集団 生活をした。そして、疎開先で終戦の玉音放送を聞いた。
私が農薬の分野に足を踏み入れた頃は、未だいもち用水銀剤、有機塩素系殺虫剤、水田除草剤PCPなどが 盛んに使われていた。これらの農薬は、毒性や環境に対する悪影響のために間もなく姿を消し、替わって安全で、性能の高い農薬 が登場してきた。これらの変遷を、農業体験者としてではないが、農薬開発の現場で体験した。この辺の状況に関しては、優れた 著書がいくつかあるが、私なりに感じたことを書いて見たい。
この辺で、このホームページのことにも触れて見たい。私がホームページを開くきっかけになった背景には 二つの出会いがある。一つは学会での講演である。国内農薬企業若手研究者のN氏によるインターネットと農薬との関連に関する 講演を聞いた。氏は、インターネットを駆使して農薬についての内外の情報を集め、その中のいくつかについて紹介した。又、氏 が運営しているホームページについても紹介した。ホームページについては初心者同然の私にとって、演者が別世界の人のように 思えたが、同時に自分も作って見たいという衝動に駆られた。いきなり、氏のレベルのものを作るのは無理だが自分のできるとこ ろから始めて経験を積み重ねれば、その内に世の中に通用するものになるかも知れないと思った。それに、現役時代には、学会等 で自分の仕事を発表できる機会があったが、研究の場を離れるとホームページは自分の意見を発表できる貴重な場でもある。尚、 ホームページデビューに際しては、前述のN氏からも貴重なアドバイスを頂いた。
もう一つの出会いは、ネットサーフィンをしている内に偶然見つけた、あるメールマガジン(通称メルマガ) である。そのタイトルは、「かんたんホームページ」というもので、ちょうど第1回目が発行されたところであった。このメルマ ガの著者は、分かり易い親しみを込めた言葉で、ホームページの仕組みから説き起こし、ページの作り方、リンクの方法、公開方 法など説明し、毎回問題を出し、それを解くことにより受講者が自分のホームページを作れるようになっていた。受講者からの質 問にも丁寧に答えてくれた。残念ながら、このサイトは講習が一段落したところで閉鎖されてしまったが、このメルマガの受講者 が作ったホームページのいくつかは今も続けられている。その後も自分でHTMLの勉強を続け今のフォームに落ち着いた。この ようなわけで、このページではホームページ作成用ソフトは使用していない。
さて、ホームページの運営で大事なことは、自分が何を発表したいのかをはっきりさせ、しかも更新を続ける ことである。そうしないと長続きせず、いつしか忘れ去られてしまう。私は長い間、企業で農薬の研究と開発に関連した仕事をし てきた。農薬に対する世間の関心は高いが、誤解と偏見も多い。そこで、これらの問題をホームページのメインテーマとすること に決めた。幸いなことに、現在はインターネットを通じて国内外の多くの情報が入手可能であり、学会やセミナー、あるいは公開 される政府の各種審議会に出て最新の情報を手に入れることもできる。しかし、これだけではページが専門化してしまうので、八 ヶ岳高原の四季のうつろいを、写真を主にして紹介することにした。平成9年、八ヶ岳山麓に小さな山荘を建てて毎月1〜2回出 かけているので材料には事欠かない。