アグロサイエンスの道を歩んで(4)


大学で農芸化学の道へ進む(1)

1955年(昭和30年)、東京大学に入学した。大学受験に当たっては、将来応用化学の道に進めるようにと、理系 を選んだ。高校時代に抱いた夢がかなえられたのである。入学後の2年間、駒場の教養学部で講義を受けた。理系の学生に対しても、 語学、法律、経済、歴史などの一般教養科目の授業があった。もちろん、化学、生物、物理などの科学全般の講義の方が多かった。 教養学部でのクラス担任は、植物生理学の八巻敏雄先生であった。先生は、いつも誠実、温厚なお人柄で私たちに接して下さった。 残念なことに、クラス担任は1年ほどで、先生は米国ハーバード大学に留学されてしまった。フルブライト給費生として氷川丸に乗船し て出発する先生をお見送りした記憶がある。駒場での送別会では、「また会う日まで」を皆で歌って先生の門出を祝った。

先生は、東大退官後、九州の産業医科大学に移られ、数年で東大に戻られて工学部の研究室でインドール酢酸生合成 系の研究を続けられた。先生の研究の中で特筆すべきは、ヒト白血病細胞中に植物ホルモンであるインドール酢酸が大量に作られている ことを発見したことである。更に、インドール酢酸をヒト白血病細胞に外部から与えると脱分化して顆粒状になることが分かった。白血 病細胞にどうして植物ホルモンが含まれているのかについてはなぞに包まれたままである。記憶が定かではないが、植物化学調節剤研究 会の大会で先生のご講演を聴き、懇親会で大学卒業後初めて先生にお会いした。八巻先生も既に鬼籍に入られた。

駒場での2年目の前学期が終わる前に、専門課程への振り分けがあった。私は、農学部農芸化学科への進学を選択 した。以前から応用化学への道に進もうと思っていたが、この分野では、工学部(応用化学科)、理学部(化学科)、薬学部、農学部 (農芸化学科)の四学部があった。この中で、有機化学的な実験ができて、しかも幅広い分野への応用ができそうな分野として農芸化学 を選んだ。農芸化学科では、醗酵、醸造、有機化学、農産製造、生物化学、土壌肥料、畜産栄養など多様な分野を対象としていた。農芸 化学を選択したもう一つの理由は、この分野が生物と深く関わっていることであった。教養課程での八巻先生の講義で、生物と化学との 関わりに深い関心を抱いた。

駒場での最後の半年間、選択した専門課程に応じてカリキュラムが組まれた。その中で、松井正直先生(現東京大学 名誉教授)による有機化学の講義は、特に思い出に残るものであった。テキストは、有機化学関係のバイブル的な存在であったフィーザー 夫妻の著書だった。専門書を英語で読むのは我々にとって初めての経験であった。松井先生は、テキストを解説を交えながら丁寧に読み 進められた。週1回の先生の講義が待ち遠しかった。記憶に残っているのは、「化学構造式は頭で覚えるのではなく、必ず紙に書いて覚 えなさい」ということであった。確か、「アミノ酸の構造式を知っているだけ紙に書いて提出しなさい」というような問題が出された。 残念ながら(幸いに?)、私は幾つ書けたか覚えていない。

後日知ったことであるが、松井先生は除虫菊の殺虫成分である天然ピレスロイドに関する研究で優れた業績を挙げ られた。天然ピレスロイドの酸部分が分解し易いという欠点を克服するために研究を続け、安定な酸部分の開発に成功した。この技術は、 住友化学に導入され、合成殺虫剤フェンプロパスリン(商品名ダニトール)の商品化で実を結んだ。

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