| アグロサイエンスの道を歩んで(11) |
この辺で、私が携わった研究の中から1つの具体例を記して見たい。それは、コード番号F−850と名づけられた 殺菌剤である。この化合物は最終的に農薬登録され、1988年にイネの紋枯病などを対象として商品化された。現在も各種の水稲用殺菌剤、 あるいは殺虫・殺菌剤に配合されて使用されている。私達がどのようにしてこの化合物を発見したのか、研究のきっかけやその後の経過に ついて記してみたい。尚、この化合物の開発の経過などに関しては、特許公報や専門分野の雑誌上で発表している。
話は東大留学時に遡る。東大での農薬の合成研究において、フェノキシピリダジン除草剤を発見したが、これらの 除草剤の構造上の特徴はフェニル環とピリダジン環とがエーテル結合(−O−)で結ばれていることである。活性が高い化合物が発見され ると、その構造を少しずつ変えて活性がどのように変わるかを調べることになる。私達も、フェノキシピダジンのエーテル結合を、 ーNH−、−S−、−(直結合)など種々変化させて活性の変動を調べたが、やはりエーテル結合の場合の活性が最も優れていた。この内、 直結合の化合物の合成中間体が6−フェニルピリダジノン(I)という化合物である。この化合物から2工程で得られる3−フェ ニルピリダジンには除草活性が全く認められなかった。
1965年、東大から会社に戻ってから殺菌剤や除草剤の合成研究を行っていた。その多くは、プロジェクト研究の一環 としてであったが、合間に大学でのテーマであったピリダジン化合物の合成展開の仕事を続けていた。その中で、6位ー置換ピリダジノン 系化合物のりん酸エステル化の仕事があった。丁度、同じ研究所内の別のグループがヘテロ環化合物のリン酸エステル化による殺虫剤の 合成研究を行っていた。6位ー置換ピリダジノン類も同じようなリン酸エステル化が可能なので、多くのリン酸エステル体を合成して評価 グループに提供した。それらの合成中間体の中に、前記(I)やそのフェニル環のパラ位に塩素原子が置換した6-(4-クロロ フェニル)-ピリダジノン(II)という化合物があった。これが後にF−850の開発に結びつく化合物(リード化合物)となる。
残念ながら、ピリダジノンのリン酸エステルの中からは商品化に結び付くようなものは出てこなかった。しかし、 リン酸エステル体を含めて、全ての合成中間体を生物評価グループに提出していた。1970年代の中頃、評価グループでは、当時問題と なっていたイネ紋枯病に対するスクリーニング法を開発しており、多くの化合物をこの方法で評価していた。そして、幾つかの有効化合物 が見出され、その中に前記の化合物(II)が含まれていた。