| アグロサイエンスの道を歩んで(12) |
1970年代の後半になって、評価グループからリード化合物(II)の活性には興味があるので、誘導体を作って ほしいとの依頼があった。そこで、私達も本格的に誘導体の展開に取り掛かった。合成に先立って文献サーチを行ったところ、この系統 の化合物には、抗プロトゾア(抗原虫)活性のあることが米国のグループによって発見されていた。しかし、農業用殺菌剤としての先行 文献は全くなかった。リード化合物(II)の構造を眺めて見ると、環内ーCONH-結合が存在する。これは、当時知られていた多くの殺菌剤 の部分構造でもあった。従って、6-フェニルピリダジノン化合物が殺菌活性を示すことは十分あり得ることである。
そこで、多くの誘導体の合成展開を開始した。煩雑になるので合成法の詳細は省略するが、出発原料として置換ベ ンゼンと無水コハク酸を用い、フリーデルクラフツ反応、あるいは類似の反応で両方を結合させてベンゾイルプロピオン酸を合成する。 これが中間体である。ベンゼン環上の置換基の位置により合成可能な中間体の種類は限られるので、先ず置換ベンゼンのフリーデルクラ フツ反応を行い、生成物に対して2段目、3段目の反応を行い、多数の中間体を合成した。この段階では、有機化学に関する知識、技術 を駆使することになった。目的の6-フェニルピリダジノン化合物は、これらの中間体から通常、2工程で得られる。
このようにして合成した化合物の中に、F−850が含まれていた。実は、この化合物は別の化合物を合成する際の 不純物として得られており、収率は僅か数%に過ぎなかった。ところが、この化合物の活性が非常に高いので、圃場試験用サンプルとして 20グラムほど作ってほしいといわれた。F−850を合成するためには、中間体である置換ベンゾイルプロピオン酸の合成がポイント となる。そこで、この中間体の合成法の検討が始まった。ここでは、ベンゼン環の核塩素化が鍵となる。研究所のシニア化学者から、 「塩素ガスのボンベから塩素ガスをドライアイスーアセトントラップに導入すれば、液化塩素が得られるので定量的な塩素化ができるよ」 とのアドバイスがあり、この方法に従って定量的な塩素化が可能となった。
次の問題は、反応追跡である。塩素化の進行を追って、目標化合物の収率が最大となった時点で塩素化を止めないと、 過剰な塩素置換体ができてしまう。種々検討の結果、高速液体クロマトグラフ(HPLC)が使用できることが分かった。幸いなことに、 当時この分析機器は技術革新のさなかにあり、次々と性能の良い機器が市販されていた。HPLCを使って反応追跡を行うようになって、 能率が飛躍的に向上し、反応の最適条件をほぼ確立することができた。といっても、この間、来る日も来る日も塩素化条件の追跡であり、 単調で辛い仕事であったが、グループの仲間達の協力で乗り越えることができた。特に、T博士が低温での選択的塩素化の条件を発見して から収量は飛躍的に向上した。このようにして、中間体が数百グラムのオーダーで合成できるようになった。この中間体から、2工程で F−850を得ることができるが、収率は非常によい。かくして、F−850が数百グラムの単位で合成でき、生物グループに提供できる ようになった。
その後、私達が開発した合成法は、工程開発を専門とする社内の別の研究所に移管され、そこでの検討を経て化学 企業に製造委託された。一方、私達の研究所では、この殺菌剤について毒性、代謝、環境動態、製剤などの研究が行われ、効力・薬害に 関する公的委託試験を経て登録申請が行われ、1988年に上市された。この時、この化合物が始めて合成されてから約10年、リード 化合物の発見から14年が経過している。
以上、1つの商品が生まれるまでの過程を合成研究者の立場から辿って見た。もちろんこれは1つの例であり、状況は 商品毎に異なってくるであろう。しかし、商品となる化合物は合成研究者によって突然合成されるのではなく、多くの”きっかけ”が あり、それを大事に育てていく辛抱強さ、がめつさが要求されるという点は共通しているといえよう。さらに、これはいうまでもないこと であるが、1つの化合物を商品にまで育て上げるためには多くのグループの協力が不可欠である。特に、開発の始めの段階では、合成と 生物評価の両グループの連携が大事である。合成研究者は、「この化合物は面白い活性を持っているので、追加サンプルを作ってほしい」 と評価グループからいわれると、勇躍して実験に取り掛かるのである。