「送り雛は瑠璃色の」思緒雄二著 「幾千の夜を越えて」神月摩由璃著 (共に現代教養文庫。絶版ではないらしいが入手は結構難しい)
一冊はゲームブック。もう一冊は短編、中篇を集めた珠玉の異世界譚。
ちょっと前置きに昔話。
今からもう15年(もっとかな)ほど昔、「火吹き山の魔法使い」を手始めに、初めてファンタジーのゲームブックが翻訳出版されていた当時。そのシリーズのフォローのための、ファンタジーやゲームブックの紹介を中心とした「ウォ−ロック」という雑誌が創刊されました。まだTRPGもファンタジーも殆ど知られておらず、一部の本当に好きな人達が、英語の辞書を片手に苦闘していた頃の話です。
あの当時、日本語でそうした世界に触れられるのは、この「ウォーロック」か、あとは(多分)もう少し後に創刊された「D&Dマガジン」ぐらいだったでしょうか。(ここの時系列はちょっと不確かです)
「ウォーロック」は、そうしたゲームブックや、ファンタジーの紹介を行っており、また日本でのTRPGの浸透とともに、「T&T」、「AF&F」、「ウォーハンマー」などのゲームのフォローを行うようになって行きました。
この雑誌からTRPGを知り、この世界に入っていった人はたくさんたくさん存在すると思います。
またこの雑誌のもう一つの特色として、ゲームブックそのものを雑誌の中に収録してもいました。
「送り雛は瑠璃色の」は、そうした雑誌中で収録された2本の作品「顔の無い村」「送り雛は瑠璃色の」に、短編を1本新規に加えて文庫化したもの。
内容は、純粋な日本の美しく切ない物語。和製ファンタジー、で間違いではないけれど、この幽玄の境地をただよう物語の雰囲気を伝えきれないように思う。
物語の内容を詳述するとネタばらしになるのでアレなのですが、謎めいた少女「遥」を巡って、霊感が強い中学生の「瞬」が、現世と異界の境界線が薄れかけたような、不思議な一夏の脅威を経験する話。
自分で書いててなんですが、これではあの独特の雰囲気が全然伝わらない・・・。
人形を、人の形代として河に流し、その穢れを背負わせるという送り雛、或いは流し雛と呼ばれる風習。現代では、形骸化して久しい風習。形代とは何だろうか、人の穢れを背負うとはいかなる事だろうか。そんな事を人が考えなくなった時代ではあっても、その風習の背後に存在するものは、現代にもなお生きている。
「物にも魂は宿る」というような日本人が持つ汎神論的な柔らかな心情、現世と隣り合わせに存在する異界、それを媒介する夢とも現ともつかない不思議な狭間の境地と、瞬の家系にまつわる陰陽師の物語、そうしたものがひとつに溶け合ってつむがれる、ひどく切ない物語。失われたものへの愛惜と、人の命を、心を、その哀しみを背負うていく、新たな出会いの物語。そして、和歌がまだ呪い歌であり、男女の思いがそれを通じて結ばれるような時代の息吹、それを伝える物語でもあります。
物語、と連呼していますが、これはゲームブックとしても難易度、システム、プレイアビリティなどの面でどれもバランスのとれた名作ですが、とにもかくにも物語としてこれ以上のものはそうそう見うけられない、と言ってしまっても良いほどの作品です。
魂とは何だろうか、といった言葉が、大仰ではなく、本当に読後にふっとうかんでくるような、そんな物語。
本筋に直接は関わらない所でも、作者の優しい息遣いが感じられる、本当に儚く、美しい物語です。私は作中の、「本当の魔法というのは、実は誰にでも1回だけは使えるようなものなのかもしれない」という部分が、読後十年ほどなんなんとした今でも、大好きです。
ウォーロック誌上でも大絶賛されたゲームブックで、他の作家の方々には申し訳無いのですが、十数年を閲した後、日本人のゲームブック、といって思い出すのは鈴木直人さんの「ドルアーガの塔」3部作と思緒さんの「送り雛は瑠璃色の」の2つぐらい、という人が大半なのではないかと思います。
ゲーム専門店や大型書店では今なお売っている所もあるとかないとか。時々古本屋でも見かけたりします。
「幾千の夜を越えて」は、ウォーロックの編集をやっておられた作者のマユリさん(かつての読者にはこの方が通りが良いような)が書下ろした作品集。
舞台となるセル・アーネイという世界は、この雑誌がT&Tというゲームのフォローを始めた時に、日本独自のオリジナルワールドを設定しよう、という事で作られ始めた世界でした。その時関わっていた朱鷺田さん(現スザクゲームズ社長)などが、諧謔まじりで「踏み台にしようとして踏み潰した」などとあちこちで語っておられるので、その経由で名前だけは聞いた方もおられるかもしれません。
昔話のようですみませんが、あの当時、ファンタジーはまだ、様々な意味で手探りの状態にあったと思います。自らの知らない世界を、一歩一歩手探りで広げて行く。そんな喜びと期待に満ちた状態であったように思い返します。だから現在から振り返ってみれば稚拙な部分もあるのかもしれませんが(実際の所、完成度で行けばそうでもない気もするけれど)、その一方でまさしくセンス・オブ・ワンダーとでも言うべき、想像力の翼を解き放った優美さをも兼ね備えていたと言えるのではないかと。
考えても見てください。言っていて落ち込む話ではありますが、TRPGで未出版や、フォローされずに捨て置かれた世界設定など腐る程あります。もっとはっきり言えば、今現在殆ど総てがそうだと言っても過言でもない状況です。そうしたボツにされ、惜しまれつつも忘れ去られる世界がごろごろしている中で、十年以上昔の、T&Tとはそんなに直接リンクしないような世界設定が今なお話題に上げられ、作者も忘れきれないような世界って、どれだけあるものでしょうか。
未知の世界を求め、新たな世界創造の楽しみに胸を躍らせていた若きクリエイター達や、それにも増して多くの読者達の希望や労力が一手に集まった、またとなく美しい夢、そんなものだったと思い返すのは、思い出を美化するフィルターだけではないと思います。
ウォーロックのセル・アーネイ特集号をまだ持っておられる奇特な方を除けば、これはあの世界に関する、現存する唯一のまとまった物語です。それだけでも手にとって見る価値は十分にあると思います。表紙カバーの裏に描かれた世界地図を見て、今は失われた未知なる世界に思いを馳せるのも楽しいかと。
しかし、そうした設定面を除外したとしてもなお、この作品は大のお薦めです。作者のマユリさんは、誌上で長い間ファンタジーに関する書籍の紹介などもやっており、深く豊かな造詣に裏打ちされた、とても美しく優しい物語を書かれる方です。
独自の魔法と様々な種族が息づく世界、その中で凛々しく、またけなげに生を営む人々。そうした人や、人以外のものの営みを、マユリさんはとても優しい視点で捉え、柔らかく美しい筆致で物語へとつむいで行きます。
特に表題作「幾千の夜を越えて」は、本当に美しく切ない物語です。
何かこれ以上無粋な言葉で説明するのがためらわれるような作品ですので、後はご自分でどうぞ、と逃げを打ったり。
ちなみに、この中の中編の構想をそのままきちんとした形にまとめたものが、「リュスリナの剣1」というタイトルで別の所から文庫化されています。
ともかく、どちらも見つけたら即手にとってください。これはもうお薦めとかいうのではなく、本当にお願い。この二冊は、決して忘れ去られて良いものではないと思います。絶対に損はさせません。もう一度言います。お願いですから、この二冊に出会えたら、それを手にとってください。そして、より多くの人に伝えてあげてください。