王道なファンタジー

 ここは、オーソドックスなものや、現代ものといったような特記事項のないものの紹介ページ。
 それぞれに素晴らしく、親しみやすい世界を織り成している名作です。


「夏の樹(上・下)」   (ガイ・ゲイブリエル・ケイ著 井辻朱美訳 ハヤカワFT文庫)

  元々はフィオナヴァール・タペストリーシリーズの第一部として発売されたが、どうも続編は日本語では出してもらえないらしい。がっかりである。

 壮大で美しいファンタジー、というのは幾つもありますが、神話的な格調の高さ、という点で、元祖たる「指輪物語」に匹敵するものはざらにはありません。敢えて言えば、「最後のユニコーン」と本作「夏の樹」ではないかと個人的には思っています。

 指輪物語の衣鉢を継ぐ、という作品は数多いが、その悪しき模倣も数多い。その中で、本当にその名に値する傑作である、というのは訳者のあとがきにありますが、その通りのものだと思います。私も、初めて読んだ時に、ああ、これは本当に神話なのだ、という、何か指輪物語を読んだときの感動と良く似た懐かしさを覚えたものです。

 とあるきっかけから、現代人の五人がフィオナヴァールというケルト神話の(そのものではないが殆どのモチーフが登場する)異世界に招かれる、という粗筋ですが、彼らの現代的な常識と、異世界のギャップという道具立てではありません。五人全員が、とてもスムースにその世界へ解け込み、そしてその地で、彼らなりの背負った人生の重みが、異世界で彼らに与えられる運命の重みと一つに溶け合い、表に現れてきます。ここが、他の幾多のファンタジーに勝る格調の高さを生み出している所以だと思います。

 ガンダルフに匹敵するような、魔術師ローレンとその相方のドワーフ王マッド。
 古の英雄を彷彿とさせる第一王子エイルロン。
 「トリスタンとイゾルデ」伝説の原型となった「ディアルマッドとグラーニャ」伝説の登場人物でもある、軽妙洒脱で切れ味鋭い第二王子ディアルマッド。彼ら兄弟の玉座を、そしてそれ以外のものをめぐる確執。
 「指輪物語」の大狼カルハロスと、隻手のベレンの忠実な猟犬ファンの争いを彷彿とさせる、<夏の樹>の眼前で争われる魔狼ガラダンと<犬>との血みどろの対決。
 <平原>を闊歩する狩猟民族、ダルレイ族の若者達の素朴で高貴な姿。
 第一部では顔見世程度ですが、ケルト伝説ではおなじみの牡鹿王(アーサー王もその系譜に連なるとか)も登場するなど、異世界の住人たちもとてもとても魅力的です。

 しかし、なんと言っても圧倒的なのは下巻での、異邦人(現代世界からの客人という意味で)プゥイルこと、ポール・シェーファーの場面です。
 現代アメリカで、自らの過失事故で恋人を失った彼は、死に場所を求めるかのようにフィオナバールを訪れ、そしてそこで、王の身代わりとなり、王の命と引き換えに雨を神に請う神聖な儀式の生贄となり、<夏の樹>に捧げられます。
 その生贄の場で、彼が無二の親友にすら隠しとおしていた真相が露にされ、彼自身に深く刻まれた苦悩と、乾ききった大地の苦悩とが、まさしく文字通り、等しい一つのものとなって終焉を迎えるシーンは、本当に胸をうちます。

 神話の時代の、純粋な姿で現れる象徴(人と大地の照応や、神々と人との照応など)が、文字通り登場人物たちの魂を剥き出しにし、そして彼ら自身を一つの神話に高めてゆきます。
 作者は、トールキンの遺稿などの編纂を行っていた人物のようで、トールキン流の格調高さや、神話への造詣の深さなどは、その経歴ゆえと言えるのかもしれません。そしてまた、彼自身のオリジナリティも勿論素晴らしいものです。

 関係ありませんが、古本屋で百円で叩き売られているのをよく見かけます。ぜひ逃さず入手される事をお薦めします。

 最後に、原語版の第二部「さまよえる炎」(何とアーサー王の世界らしい)、そして完結編「最も暗き途」をお読みになったという方がいらしたら、どうかどうか、売っていた所とあらすじを教えてくださいませませ。
 私としては、異邦人プゥイルと、その親友で詩人、一行のリーダー格たるケヴィンのゆくすえや、最も暗き途を誰がどう辿るのか、というのが目茶目茶気になって仕方がないです。

 ハヤカワ書房、頼むから翻訳出してくれ。


「青き月と闇の森(上・下)」   (サイモン・R・グリーン著 冬川亘訳 ハヤカワFT文庫)

 雰囲気を説明するのにちょっと苦労を要する、二面性を持った不思議な物語、のように思われます。
 訳者のあとがきを含めて、この本の紹介には、ユーモア、とか、パロディとか言った形容が使われます。確かに、軽妙洒脱で、どこか一本抜けたような面白い会話が多いし、各登場人物も面白いです。
 大体冒頭から、主人公の第二王子ルパートは、伝説さながらのドラゴン退治に出かけるものの、頭にあるのは全身を覆った甲冑のため、手洗いに行けないという事ばかり。
「ドラゴンは蝶々の収集を趣味にしており、ゴブリンたちは追剥ぎ稼業すらまともにできぬほど気が弱く、忠義のユニコーンは奴隷の身を嘆きつつも王子を運び、大酒のみの魔法使いは最後のどたん場まで一向にしゃきっとしません」(訳者あとがきより引用)
 確かにその通りで、非常にユーモア感覚に優れた作品です。

 けれど、そうしたユーモア感覚とは裏腹に物語自体はシビアで重苦しく進みます。
 深緑に囲まれたフォレスト王国は、もとより豪族たちの造反に悩まされ、財政的にも厳しい状況ですが(そのためにドラゴンの財宝を取ってこないといけないわけです)、その上、森の深奥に目覚めた闇の領主の手によって、配下のデモンたちが跳梁跋扈し、周囲の森は全て、闇の森へと変わって行くのです。
 周囲全てをデモンに囲まれ、領地は次々とデモン達に襲われて行く。しかも軍勢を集めようにも、豪族達は自分の領地を守り、王権を揺るがす事をもくろんでいるため、組織的な抵抗もできようがない。
 そんな絶望的な状況の中、ドラゴンと、彼が押し付けられていた王女と友人となって何とか帰還したルパート王子は、最後の希望である魔法使いを呼び出すため、殆ど決死行というべき闇の森横断に駆り出されます。

 繰り返しますが、物語自体は、明るさとは対極にある、デモン相手の殲滅戦を必死で生き抜こうとする人々の悲壮な物語です。
 父王からは継承権争いを恐れて疎んじられ、兄王子とその一派からの迫害を受け、決死行の副官であるチャンピオン(国戦士。近衛団長みたいなもの)からは、王権の邪魔になるならば殺すもやむなし、と思われているルパートですが、王家の義務、という言葉を何があっても遵守し、己を捨てて、心身ともに傷つきながらも王子としての役目を果たそうとします。
 彼は剣の達人ですが、牙を剥き出しにし、鋭いかぎ爪を持った雲霞の如きデモン達の群れを相手に、血みどろの戦いを強いられます。かなり血なまぐさいですし、ルパートも限界まで傷つきます。

 どちらかと言うと、そうしたルパートたちの悲壮な姿が胸を打つ、そんな作品ではないかと私は思います。
 ドラゴンは、消え行く原初の魔法の担い手の最後に残された一人であり、気弱なゴブリン達は、デモンに妻子を殺され、ルパートの下で死を覚悟してデモン達に復讐を試みます。ユニコーンは、王子と主従を超えた友情を結び、最後の死地まで、王子と行を共にせんとします。彼らの背負った悲嘆は、決して陽気なものではありません。

 何より重苦しく悲壮で、しかも胸をうつのは、実は王子たちの上の世代。国王、魔法使い、チャンピオンらの複雑で、痛みを伴った人間関係だったりします。
 豪族たちの造反に手を焼き、王権の確立に必死になる国王。代々の王家の守り手として難事にあたり、ついには限界に達し、酒に逃げる魔法使い。そして王妃に叶わない思慕を抱いてしまった魔法使いは、王妃が病に倒れたその時、彼女の傍らから逃げ出してしまいます。
 剛勇無双で、人間らしい弱さや感傷などかけらもないと思われていたチャンピオンは、実は鉱夫の貧しい生活から逃げ出し、魔法使いの英姿に憧れ、彼の下で自分も働きたいと願ったちっぽけな少年でした。その彼が、長年を王国に捧げながら、最大の苦難に際しては、逃亡し、自分たちを裏切った魔法使いを頼らねばならない苦々しさ。
 全力を尽しながらも、満足の行く結果をえられなかった彼らの、あまりに人間らしい姿は、ともかく泣けます。

 真面目で繊細な人となりのため本人は気付かないけれども、まさしく英雄的な行いをこなすルパートの傍らにあって、人々はそんな秘めた過去を少しずつ彼に明かしてゆきます。王家の邪魔者、という立場から、共に死を潜り抜けた仲間へ、という微妙なふれあいが、本当に泣かせます。

 他にも、ゴーメンガースト城にも負けないのではないか、というブルーフォレスト城(内部が魔法的に拡張されている)の内部での陰謀劇の駆け引きなど、ユーモアと読みやすい語り口で、シリアスで重厚な話が進みます。

 笑って、泣けて、という両極端が一つに積めこまれた不思議な印象のお話。
 そして或いは、英雄伝説とは、実はどれだけ英雄が苦しいものか、という事を、その英雄自身の視点から描いた、切ない英雄譚と言っても良いかもしれません。
 少々好みが分かれるかもしれないとは思いますが、さらっと読める絶妙の文章でもあり、ぜひご一読をお薦めします。


力の言葉シリーズ   (デイヴ・ダンカン著 関口幸男訳 ハヤカワFT文庫)

 「魔法の窓」「荒涼たる妖精の地」「荒れ狂う海」「帝王と道化」 総て上下2分冊。

 とてもとても重厚なストーリーと、少年と少女の成長物語を軸にした凄く面白く共感しやすいエンターテインメント性を兼ね備えた名作。わりと地味、かつぶ厚かったため、あまり流行らなかったように見受けられたが、時間と根性ある方にはぜひお薦めの一品です。いわゆる翻訳ファンタジーものの持つ底力、という奴を感じさせる大著。

 様々な亜人が、人種の一区分(例えば黒人や白人のような感じ)として存在する、古代ローマの末期を思わせる世界が舞台。ローマ式の軍団で広大な国を維持するインプ王国。その周囲を取り囲む、アラビアンナイトを思わせるジン族の帝国、他にもゴブリン族、ドワーフ族、エルフ族、といった各民族が凌ぎを削る世界。インプ王国の一応保護下にある小さな領地クラスネガル王国の王女イノスは、父の死去や、相続権をめぐる諍いから、さらには魔法使い達の思惑が複雑に交差しあう陰謀劇の渦中になげこまれ、馴染みの王国から魔法で拉致されてしまいます。

 彼女を救おうとするのが我らが主人公、ラップ少年。イノスとは幼馴染ですが、ヴァイキング的な荒くれ船乗りのヨッツン族とファウヌ族の混血で、将来は王国の厩頭になるのが夢、というような本当にただの庶民です。

 しかし彼は母から密かに受け継いだ僅かな魔法の能力と、その不屈の意思だけをもって、イノスの復権のために世界じゅうを駆け巡るのでした、というのが粗筋。

 シリーズ名にもある<力の言葉>が、この世界の最大の特色。この世界の魔法は、この力の言葉を知っている人間が使うもので、それは(色々と困難は付きまといますが)人に教えて共有する事もできる代物だったりします。

 一つの言葉を知っていれば天才:何がしかの優れた才能を持つ。二つの言葉で達人:普通の人、俗人にできる事なら、大概見事にやってのけられる。三つの言葉で魔術師:かなりの術が使える。四つで魔法使い:最強の立場。殆どあらゆる術を使いこなす。そして魔法使いの中でも最強の力の持ち主で、他の魔法使いや魔術師を術で支配下に置き、互いに陰謀を巡らしているのが、東西南北の名を冠した四人の監視者と呼ばれる魔道師たち。

 俗人の政治に魔法が横槍を入れないよう、規約というものが定められてはいますが、四人の魔道師はそれぞれ異なる利益集団を代表する人物であり、あれやこれやと自分の権力拡張のための陰謀を弄しています。イノスは叔母と共にそんな中に巻き込まれてしまい、砂漠の帝国の君主の所へと飛ばされたりします。「愛を信ぜよ」という謎めいた神の託宣だけを頼りに、彼女達はどうすれば王国に帰り、君主として認められるかを必死に模索します。

 けれどもっと大変なのはラップ少年。 ともかくこの話は、ただの一庶民であるラップの目線を、とても丹念に辿ります。そのリアリティあふれる筆致は大変なものですが、その結果物語はどんどんもっと大変な事になってゆきます。

 イノスを追いかける、というよりも彼自身あちらこちらに追いまわされて、殆どいつも命からがらです。まずはゴブリン族にとっ捕まり、何とか逃げ出せはしますが、ゴブリン族の刺青を無理やり彫られてしまったり。次は奴隷として叩き売られ、さらには海賊の拷問をうけ、とラップ君、次から次へと苦難の連続です。

 文化の発達していない、というか厳しい生活環境を迫るようなリアリティで描ききっていますので、「ようし、君の行動に力を貸してあげよう」なんていう甘い協力者は一人も居ません。彼が関わり合う人物は皆、彼の力を狙うか、彼自身の命までも狙ってきます。

 そんな過酷な状況の中で、ラップは母から譲られた魔法の言葉で発現した、透視能力と動物との相性の良さだけをたよりに、決してあきらめずに戦いぬきます。ゴブリンから逃げ出しては、彼を殺そうと付け狙うゴブリンを何とか従え、海の男の所有物となっても、何とか彼に自分の存在を認めさせ、旅の同行者とします。

 こうしたラップの人間関係を無理無く、そして煩雑にもならずに描ききるあたりは、本当にこの作者は凄いと思います。

 ともかくもラップは、話の最初から彼にかかわり会う、<逐次入れ替わりの術>を掛けられた様々な才能を持つ男達(この話の中でも最も面白い人物の一人なので、種明かしはご自分でお読みください)を何とかやりこめ、彼らの先導を得、海の男やゴブリンなども不承不承ながらも従え、ゴブリンと戦い、海賊から逃れ、竜を退け、ひたすらイノスのために奮闘し続けます。

 そして最後には、インプの広大な王国の首都で、強力な魔術師でもある残虐な海賊と、クラスネガル王国の領有権を賭けた一騎打ちを行い、さらには一連の陰謀を仕組んだ監視者たちとも対峙することになってゆくのです。

 長く、先の見えない話なので、正直最初は読みとおすのが大変なところもありますが、ラップが徐々に力を得て行き、そしてまた遠く離れていたラップとイノスがようやくわずかなりと巡り会う第三部最後から第四部にかけての盛り上がりは大変に素晴らしいものです。

 力をえたものの、それ以上の危地に陥ったラップを救い出すのが意外な人物であったり、四巻の最後、クラスネガル王国へ帰還しようとする二人の関係が意外な形に変化したりと、特に最後の方は、主人公が成長する物語の爽快さと、そこから生じる意外な変化を楽しませてくれます。それでいて、最後はやはり皆が納得する形でのどんでん返しが用意されており、非常に満足のゆく大団円を迎えるというサービスっぷり。

 何よりお薦めなのが、主人公ラップの人となり。物凄くいい奴です。他の帝国の王と結婚してしまおうかというイノスを助けるために、どんなに不可能そうなことでも決してくじけず挑戦する一途さ。「正しいと思えることではなく、正しいことをしなさい」という母の言葉を忠実に守り、どんなに苦しい目にあっても、決して公正さを忘れない、高い道徳心。どんなに魔力を得ても、それに執着せず、むしろ自分の力だけで物事をやり通そうとする男意気。

 見てくれはちょっとアレらしいんですが、ファンタジー小説の中でも一、二を争う男らしい好青年だと思います。

 そして、彼(とイノス)の視点から交互に物語が語られるため、魔法なんて触れたこともないど田舎の一厩番の視点から、彼が徐々に洞察を深めてゆくにつれ、世界も、魔法の仕組みも、徐々により広い、そして新たな局面を見せていってくれます。特に最後のどんでん返しに至るまでの、力の言葉の秘められた本質がひとつずつ明かされてて行く場面は、思わず唸りたくなる程見事だと思います。

 物語、というのはやっぱりこうであって欲しい、という基本に忠実で、骨太な作品です。長いシリーズなのでちょいとお財布に負担はかかるかもしれませんが、古本屋でも図書館でも見かけたらぜひ読んで欲しいです。

 続編(直接の続編かどうかはちょっとわからないのだけれど)も翻訳してくれないかなあ・・・・・・。

蛇足:ここは私的なおまけ。

 私が(ピー)学生時代にこれが出て、あんまり面白いので友人のゆめみし氏に無理やり押し付けて読ませたのですが、そのやり取りというか、そこであらわになった、ラップとイノスの深刻さの度合いのギャップが非常に面白かったなあ、てな話。

秋「今どこまで読んだ?」
ゆ「うーんとねえ、イノスが王子様の求婚を受けてどぎまぎしてるあたり。新しい巻はどうなった?」
秋「ラップが海賊に拷問うけてる」

(別の日)

秋「今度はどこまで進んだ?」
ゆ「イノスがね、やっぱり愛を信じなきゃ、って王子様の事を見直したあたり」
秋「こっちはねえ、その二人の結婚式にラップがのりこんで、怒り狂った王子様にラップが拷問されて、もう死にそう」
ゆ「・・・・・・何それ」

 ゆめみしくーん、君はこの物語の一番のカタルシスが得られる第四部をまだ読んでないぞー。もう(ピー)年も前の話だが、良かったら読んでくれー。


ウィンターワールドシリーズ   (マイケル・スコット・ローハン著 木村由利子訳 角川海外推理文庫(の中のファンタジーシリーズといった方が良いけれど) 絶版の可能性結構大)

 @氷の魔道師 A氷龍の復活 B氷結都市 C氷原の彼方へ

 今は無き角川海外ファンタジーシリーズは、割と日本に馴染みの薄いものをいきなり持ってきたり、本格派で細かい設定のものが多かった事で有名ですが、その中でも、設定の緻密さ、重厚さにおいて白眉と呼べる作品だと思います。

 世界設定は、北欧、あるいはケルト的な、<お力>と呼ばれる神々が今だ地上を闊歩する中世(オーディンらしき神や、ケルト神話?(追記:フィンランドのカレワラの神様でした)の鍛冶神イルマリネンが一緒に出てくる)。
 と思いきや、実はこれは、最後の氷河期の頃の、いわゆる先史古代文明だったりします。
 荒荒しき、自然の精霊が姿を取ったような神々達。その中でも、氷の神が地上を制圧しようとする頃(何と言って氷河期ですから)、その神の手下と知らずにとある魔鍛冶屋に師事した奴隷出身の少年アルブは、自らの作り出してしまった恐ろしい魔法の品々を破壊するため、そして自らが愛してしまった氷の神のしもべの女性(彼女も神の一柱に連なっていたりします)を救うためにも、神々に対抗する力を求めてさまよいます。

 旅の途中で出会って行く仲間達も、それぞれに格調高く、素晴らしい英雄達です。誇り高く、一流の剣士である流浪の王ケルモルバン。人間とドワーフの掛け橋となる、ドワーフの娘イルス。アルブの兄弟弟子で、彼の良き親友ロック。

 増大する氷河を前に相争う人々の姿や、人間と手を取り合おうとするドワーフ達の気高い姿。そして以前の氷河の侵攻によって滅ぼされた王家の偉大な残影など、物語の筋立ての重厚さもさることながら、それらにリアリティを与え、物語に引きずり込む筆力が半端じゃありません。

 まず第一に、一行の戦う敵が物凄いです。ゴブリンとかトロール、といった既存のファンタジーの相手ではありません。
 ちゃんと、氷河期以前の大型哺乳類が襲いかかってくるのです。大ナマケモノや、超大型のエルク、そしてサーベルタイガーといった、昔恐竜図鑑の最後の方に載っていたような大型哺乳動物たちが暮らし、構成する生態系の中を、一行は旅して行くわけです。
 さらに圧倒的なのが、アルブが目指す魔鍛冶の描写です。原料の精錬から、製造、そして呪付までの過程が、まるで現実の出来事を眼前で描写しているような迫力で次々と描かれ、読者をぐんぐんとひきこんでゆきます。
 他にも、巻末の付録には古代の地理・植生・動物達の生態・当時の船の構造から帆の仕組みまで、色々な資料が載せられています。
 簡単なファンタジー小説の資料としてなら、これだけで充分一本書けるほどです。
「この作者は、百科辞典の編纂でもやってたのだろうか」と圧倒されるほど、細部に渡る様々な知識に精通した作者です。はっきり言って舌を巻くことうけあいでしょう。
 それだけに、そうした地上の事どもを超越し、しばしば姿を現す神々の荘厳さもひきたつし、またそれに何とか対抗しようとして発揮される、アルブの比類無き魔鍛冶としての才能も、いちいち納得して頷けるだけの描写がされているわけです。
 巻末の付録だと、過去に実在した伝承としてこの物語を、考古学的に検証する、というようなスタンスをとっており、またそれが本当に真実の歴史に思えてくるほどの設定の徹底振りです(地図を見ると、彼らは現代で言えば、アメリカ大陸横断をやっているようです。そして古の王家は、どうもヨーロッパ大陸から来たようで。でもそんな設定が真実味をかもし出すだけの設定と描写です)。

 また、そうした設定の中で生き抜こうとする人々の姿も、それだけで名作と呼ばれるに足る素晴らしい描写です。
 奴隷の身分から、秘められた力を見出され、師の下で一心に力を追及する幼年期のアルブ。
 そして師の真実の姿を知り、彼に操られるままに作ってしまった恐ろしき魔道具の力を案じ、何とか師匠と対決しようとするまでの過程が、鍛冶屋の見習、徒弟、親方へと至るまでの道程と重ねられて、成長の物語として極めて優れた構成を取っています。
 特に、幼年期への決別の際に、自らアルブからエロフという名に改名するシーンなど、非常に感動的です。
 キャラクター達一人一人が、非常に複雑で好感の持てる人格の持ち主で、しかもその旅を巡る中で、互いに感化し合い、成長してゆく様子もしっかりと描かれています。

 リアリティのある、しっかりとした描写の骨太な作品が読みたいという方には一番のお勧め。何しろ作者が物凄い博学なので、旅の様子や、迫りくる氷河の脅威、またアメリカ大陸中部に聳える、巨大な大樹海の仕組みまで、全てが現実味を帯びて迫ってきます。

 本来は@A、BCがそれぞれ上下巻で、全体としては三部作、邦訳だと6冊分の量なのですが、やっぱり第三部は翻訳されずじまいのようです。とっても悔しい話です。ぎりぎりぎりぎり。それでも、四巻で一応の決着はついているので、その点はご心配なく。

 現在手に入れるのは結構難しいのではないかと思いますが、古本屋で叩き売られている場合には、大抵百円か二百円ぐらいで野ざらしワゴンセールの憂き目にあっていますので、財布も痛まず良質の物語を入手できます。
 しかし、私自身、以前RPGマガジンのブックレビューでこの本が紹介されていた時はとっとと読み流し、ずっと後で偶然手にとってハマった口ですので、あんまり偉そうな事は言えないんですが、本当にぐいぐいひきこまれる面白さですので、見かけたらぜひぜひ手にとってくださいませ。 


アレール姫の指輪」   (スーザン・バクスター著 井辻朱美訳 現代教養文庫)

 どこか童話めいた、心温まるファンタジー。児童文学の要素を残した平易な語り口ですが、その背後にはきちんとした重厚な世界が広がっており、軽く楽しむ事も、本格的に読みこむ事もできる作品。少女漫画のような表紙は男性諸氏にはちょいと辛いかもしれませんが、恥ずかしがらずに手に取る事をお勧めします。

 落ちこぼれの見習い魔術師トリスタンは、師ブレイスの突然の死により、彼の宿願を引き継がなければならない事になってしまいます。それは、この世界を脅かす「冬の王ニミール」により、彼の暗黒の砦に捕らえられた、「9つの指輪のアレール姫」を見つけ出すことでした。
 かつて彼女は、統一王朝カランドラの王と結婚する事で、争いに勝利し平和がもたらされると予言された運命の姫でした。しかし、彼女が盗み出された事で、その予言は果たされず、王朝も崩壊しました。以来、彼女の探索が魔術師たちの悲願となったのでした。
 彼女の捜索を成就するためには、その王家の血を引く者と、姫の兄公爵の愛馬であった魔法の馬ヴァラダンの存在が不可欠でした。ブレイスが残した魔法でそれを何とか見出したトリスタンは、ヴァラダンにまたがり、王家の血を引く嗣子ポラッサ−ルを導き、暗黒の砦へと向かいます。

 彼を助けるのは、麗しき声で唄うカナリアのミンストレル。人間の言葉を理解し、トリスタンとだけは言葉も交わす猫のトーマス。世故長けて機転が利いて、そしていかにも猫らしい猫です。
 ヴァラダン、ミンストレル、トーマスと、まるで桃太郎のように仲間の動物たちに助けられ、トリスタンは暗黒の砦をくぐりぬけ、ニミールの手になる恐るべき氷の竜と対決し、アレール姫を助け出すのです。

 というのが、実はこの本の中盤までの粗筋。
 助け出したアレール姫を連れ、彼女の9つの魔法の指輪を発動させる第10の指輪の所在を求め、またニミールや、彼女の美しさに目の眩んだ世俗領主らの追っ手から逃れるため、領主の娘、エリセーナを加えた一行四人(+動物たち)は放浪を続けます。
 この物語の本領は、この流浪の旅で一行の行く先を決定し、その生活の細かな面倒まで見ねばならないトリスタンの姿にあるように思います。ポラッサ−ルと蘇ったアレールは世事には全く疎く、エリセーナが薬草の知識を持ち、彼を一心に補佐するとは言え、一行の殆ど全てはトリスタンにかかってゆくのです。

 訳者も書いていますが、この物語は児童文学の面影を深く残し、そのためもあって、二重の意味で、まだ己を知らぬ若者トリスタンの成長物語という側面を強く持ちます。
 辺境で師と二人暮しの生活を送り、何も知らなかったトリスタンが、トーマスの知恵や機転、ヴァラダンの魔力と力強さ、ミンストレルのかきたてる希望に支えられ、未知の世界へと一歩を踏み出し、姫の奪回という困難な任務を切り抜けてゆく。そしてそうした苦難の経験において、魔術の腕前もまた、一人前を目指し上達してゆきます。
 そしてまた、困難な放浪の旅路の中で、彼は様々な失望や裏切り、虚偽にさらされます。
 挫折と自己嫌悪、思慕と高揚、そうしたものを繰り返しながら、他者たちが織り成す本当の社会と出会い、その中で確固とした自己を形成し、社会との絆を再び取り結ぶという、トリスタンの成長が暖かい筆致で描かれます。

 ポラッサ−ルと恋仲になったアレールへの憧憬、見つからない手がかり、周囲の環境の悪化の中で、彼は最後に決断を下します。
 その結果と、最後の最後で彼が発見した自分自身の姿。そうしたものが、最後のどんでん返しを経て、大団円へと結ばれます。この最後のどんでん返しは、結構びっくりしますよ。

  これも、海外では人気を博し、ニミールとの戦いを全て描いた三部作となっているらしいですが、二、三部はやっぱり訳してはくれないようです。けれど、本作だけでもじゅうぶん完結していますので、その点はご心配なく。

 作者・訳者共に女性であるせいもあって、或いは、少年少女の瑞々しい恋愛物語と言ってもよいような、さわやかな読後感の作品です。
「めでたしめでたし」で終わる幸せで、甘口な物語が好きな人、そして猫好きには、特にお薦めです。


「水の都の王女」 「神住む森の勇者」 (各々上・下巻)  (J・グレゴリイ・キイズ著 岩原朋子訳 ハヤカワFT文庫)

 全てを圧して雄大に流れ、周囲の土地に宿る神々を食らい尽くす強大な<大河の神>。
 その恩寵をうけ、大河の神の子孫として、王国を支配する王族の娘、ヘジと、その大河から遠く離れた、<山の神々>のしろしめす地方で、牧畜の生活を続ける一族の若者、ペルカル。

 この二人の成長、出会い、そして神々との対峙を描いた、非常に完成度が高く、美しい物語。ネイティブアメリカンが、自分たちの英雄物語を、北欧人の「エッダ」や「サガ」のように唄ったような、そんな印象を与える、本物の「異世界英雄譚」。

 なお、ヘジとペルカルの出会いまでの物語が、前編「〜王女」であり、彼らが自らの背負った運命に立ち向かい、その結末までを描くのが後編「〜勇者」となっています。そのため、今回はとりわけネタバレが多いので、未見の方はご用心。

 なによりこの物語で素晴らしいのが、既成の西洋ファンタジー的な枠組みを一切使用していない、それでいてとてもリアティのある、独自の美しくも荒々しい世界を創造していることです。北米ネイティブアメリカンや、東南アジアの諸部族のような、アニミズム的世界観の、多くの神々が、山や川に宿る、原初の自然が息づく世界。
 ローマを思わせるような、単一の神に支配された都の王女(の一人)ヘジと、神々と親しく取引し、彼らに分けてもらった自然の中で生活を営む、モンゴルやネイティブアメリカンのような牧畜生活の部族の中で、英雄を夢見る若者ペルカル。二人の成長を追いながら、キイズは新人離れした精緻で落ち着いた文体で、彼らの生活の一部である世界を、そして神々を描写してゆきます。

 大河の神の血を引くがために、その強すぎる力に目覚めてしまい、人ならぬものに変容してしまう者すら現れる思春期の王子・王女たち。彼らはその兆候が現れたと同時に、王国の神官たちに、王宮の地下深く、暗き場所へと連れ去られてしまいます。
 大好きな従兄弟の一人をそのために失ってしまった幼い王女ヘジは、彼の行方を捜し、取り戻すために、王家と大河の神との関係という、王家最大の秘密にせまろうとします。
 鋭い知性と、そして決して諦めない意思の強さを持つヘジは、王家の図書館の図書係、ガーンの助力を受けながら、膨大な書物の中から秘密を解き明かそうとしてゆきます。
 しかし、それがようやく解き明かされようとするころ、彼女自身にも、従兄弟と同じ力の発現の徴が現れてしまいます。
 追い詰められ、一時心くじけた彼女は大河の水にひとつの願い事をつぶやきます。
 「私のために、英雄を送り届けて」と。

 神々に請い願い、彼らが宰領する土地を分かち与えてもらうことで牧畜を営む民の若者、ペルカルは、彼の一族と結びついた小川の女神に深く恋し、彼女が流れ込み、そして毎日のように彼女をむさぼりくらう「大河の神」を、彼女のために滅ぼすことを夢見ます。
 女神に「大人になりなさい」と諭されながらも、彼は少年のままであり、英雄の夢に囚われ続けます。
 <山の神>バラティに新たな土地を請いにゆく遠征隊に彼は加わりますが、<大河の神>を殺せる武器を得たい、という秘めた願いのため、彼は同行する若い仲間たちの、神々の懐に忍び入ろうとする愚かな計画に加わってしまい、そこで、<大鴉の神>カラクの詭計にはまり、心ならずも神々の武具の番人を殺害してしまい、怒れる<狩りの女神>の軍勢に襲われます。
 盗み出した、神の宿る剣<ハルカ>の力により、彼自身はひとたびはやられたものの、何とか蘇生しますが、仲間たちは殺され、遠征の目論見はぶち壊されてしまいます。
 傷心を引きずったまま、彼は、<大河>の流れに捕らえられ、抗うことを許されぬ力で、下流へ、遥か彼方の都へと進み行くことになります。その目的は、旅の間に夢に現れるようになった少女のもとにたどり着くこと。
 けれど、彼は大河に復讐を誓います。彼への拘束を一時たりとて緩めようものならば、そのくびきを脱し、大河が求めることと反対のことをしてやろうと。
 大河が少女を殺そうというのならば、それを守り、大河が彼女を守るため彼をつかわそうとするのならば、その少女を、ハルカで手にかけてやろうと。

 こうして、全く異なる神々と運命に囲まれた二人が、大河の神と、それを滅ぼそうとたくらむトリックスター、カラクによって結び付けられてゆきます。

 この物語の素晴らしさは、まず、深い文化人類学的な素養に支えられた異世界創造が、とてもとても精巧になされていること。アニミズム的な世界観の巧みさもさることながら、様々な国の言語に堪能なキイズは、各々が喋る言葉の成り立ちや共通点を登場人物たちに探らせることで、言葉の背後にある、文化や歴史の真相といったものを浮かび上がらせることにも成功しています。
 また、神々はあくまで、「大いなる自然の力」とでも言うべき存在で、単純に人間的な人格の枠にとどまらない多面的な存在として描くことに、この作者は成功しているといえます。<山の神バラティ>、強大な<大河の神>、そして様々なたくらみをしかけ、人間たちにもっとも深く関わる(といっても彼らを手駒として扱うわけですが)、北欧神話のロキを彷彿とさせるような、まさしくトリックスターの<大鴉>カラク。どの柱の神にしても、当初ペルカルやヘジの目に映る一面とは異なる、より大きな存在であることが最後の結末で明かされます。いえ、人間に説明しきれない独自の存在の仕方が明らかになる、というべきかもしれません。
 こうした魅力的な世界の中で、神々も、人も、(特にキリスト教などにみられるような)一方的な善悪観では測れない、非常に複雑で生き生きとした姿を見せます。大河の神も「悪」ではありませんし、ペルカルにとってはまさしく疫病神なカラクとて、小さな人間たちにとっては、神々に立ち向かう手段を教え、その力を与える最後のよすがでもあるのです。
 この世界観そのものが、他のファンタジーとは一線を画す、非常に素晴らしい出来ではないかと深く思います。

 しかし、「悪の神を退治する」といった単純な指針が存在しない世界だからこそ、主人公の一人、ペルカルはその行動を決するために、迷いに迷います。
 この物語を一面で捉えれば、ヘジという神の力を体内に宿してしまった少女が、変転する環境の中で成長し、その中でもありのままの自分でありたいと願い続ける物語であり、一方のペルカルという英雄を夢見た少年が、己がおかしてしまった過ちを償おうと迷いを重ねながら進み行く物語だともいえます。ただ、既述したように神々の思惑が複雑にからみ、はっきりとした規範が存在しない世界において、「自分のままでいる」ためにはどうすればよいのか、「償いのために大河の神と決着をつけようとする」ためにはどうすればよいのか、それは決して定まった解答があるわけではないのです。
 ヘジを水の都から連れ出し、そして最後には大河の神と決着をつけるために、彼女と共にその源へ向かうペルカルは、最後まで迷い、そして結局決断しきれないまま、大詰めを迎えます。
 芯が強く一途なヘジはそれほど悩むところも少ないのですが、一行の行く末を決断せねばならぬ、そしてカラクの助けを借りねばならないペルカルは、常に迷い、逡巡だらけです。
 この、常に良心の疼きと戦い、何が正しいのかわからずとまどい、恐怖に負けまいと必死になる、一見英雄的な行為をこなしながらも内心は迷いだらけのペルカルの姿が、ハルカとの内心での会話などを通じて、とても丹念に描かれます。
 ちょっと最初はとっつきにくいところもあるかもしれませんが、このペルカルという少年の人となりは、私はとても愛すべき、素晴らしいものだと思います。

 そしてもうひとつ素晴らしいのが、神々と対峙せねばならない若い二人を支えるバイプレイヤーたちの造詣の巧みさです。

 ヘジに文字や歴史を教え、彼女を導く、怒りっぽい図書係の老人ガーン、ヘジの忠実無双な守役、巨人とのハーフ、ツェム。第2部でヘジをシャーマンとして教え導く、騎馬民族の老人<馬の兄弟>。
 それぞれが、各々の立場や問題を抱え、それでいてとても活き活きと描かれています。
 ヘジの初恋の人であり、そして実は彼女を始末するために神官によって送られた暗殺者であるゲー(イェン)の独特の生い立ちのスタイシッリュさと、ペルカルにひとたびは殺されながらも、大河の神の手駒として復活し、第2部では裏主人公ともいえるような、意外な(最後の最後でそれがわかります)活躍ぶり。
 神々と人間をまったく異なる次元で描くキイズの丹念な描写の中に光る、ペルカルを愛した小川の女神の、彼との微妙で切なくなる触れ合い。これこそ本当の意味での「神と人との物語」であり、「女神に愛されたもの」という一つの掌編としても抜き出せるように思います。
 そしてなにより、迷い、そのことで成長し、それでいながらまた新たな迷いにぶつからざるを得ないペルカルを支える二人の存在が白眉です。
 異人種との混血で(このあたり、ツェムと意図的にパラレルな関係にしてあるようです)、最初は偏見をもってペルカルが接してしまうヌガンガタ。「英雄的行為」という美名に隠されたペルカルの愚行を率直な言葉で指摘する彼と、ペルカルは当初対峙してしまいますが、死地を潜り抜ける中、ヌガンガタの中にある美点に気づき、彼を大切な人間とみなすようになります。
 ヌガンガタも、「英雄とは周囲の人間を死に追いやってしまう者」と常に客観的に、一歩引いた立場から物事を眺めつつも、その「英雄」であるはずのペルカルの中に何かを見出し、彼の元を最後まで離れません。
 最後の戦いにいたる直前、そしてそのさ中、命を落としつつある二人の、それでも互いを助けようとする会話は、胸をうちます。
 そしてもう一柱、あるいはヌガンガタ以上にペルカルに近しい、剣に封じられた神ハルカ。ペルカルに盗み出され、彼の愚かさを最も容赦なく指摘する存在でもありますが、そんなハルカも、最後の戦いにいたるまで、常にペルカルの傍らにあり、そして最後の最後に、彼の「友」としてある贈り物を与えるのです。
 この対立を経て深まりゆく二人、あるいは一人と一柱の神との深い絆は、本当に涙を誘うほどに素晴らしい物語です。

 様々な人、神の思惑が絡まりあう、複雑で予想もできない物語展開、そして格調高い筆致で描かれる陰影に富んだ人物たち。
 あるいは、英雄物語というものの本質をとことんまでつきつめた、といえるかもしれないですが、逆に、一面からでは語りつくせない、多面的な味わいをもった物語と言ったほうが良いのかもしれません。
 ちょっと地味なところと、「迷い」ばかりの暗めの描写のためか、あまりヒットしたとは聞けませんでしたが、ハヤカワFT文庫の中でも、特筆すべき傑作だと思います。
 時間と根気がある方には、ぜひぜひお勧めです。


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