「センチメンタルグラフティメーリングリスト」の98年バレンタインあわせ企画が"バレンタインKiss☆"で、要するにバレンタインネタのShortStoryをヒロイン一人に一つずつ捧げようというものだったんですが、ぱたぱたと流れる真剣なSSを眺めるうち、なぜか思い付いたのがこのストーリー。(dash)つきなのはそういうわけです。
いちおーセンチmlメンバーからは「ふざけんな!」なぁんてメールはなかったんでちょっといい気になってるかも。なめたネタですから。
他のバレンタインKiss☆SSはそれぞれの作者のページにいけばあるはずですが、リンクはまだありません。
「意味があっても良かったのに……、馬鹿ね」
「えっ?」
「今日、何の日か、知ってるでしょ?」
「ええっと、それはまあ、一応」
「だったら。そんな日にわざわざ女の子が訪ねてきて、なんとも思わないわけ?」
「えーっと、その、つまり……?」
「なあに?」
「あ、晶ぁ」
「ふふふ、そんな顔しなくても。……はい。少しは感謝しなさいよ、今年はこれだけなんだから」
「ありがとう、晶」
「どういたしまして。楽しみにしてるからね、ら・い・げ・つ☆」
とびきりの笑顔で青年に告げ、晶は楽しそうに笑った。
「さて、残念だけど、そろそろ帰らないと」
「あ、もうそんな時間か。空港でしょ? 送ってくよ」
「いいわよ。大丈夫、心配しなくても真っ直ぐ帰るから。たまには見送ってよ。じゃ、バーイ」
軽やかに身を翻した少女を、上着のポケットに手を当てた青年は幸せそうに見送った。
都心、家路を急ぐ会社員たちの人波を泳いでいた晶は、歩道の隅のベンチに座り込んだ、彼女と同年代らしい少女の姿に気がついた。周囲の大人たちは誰一人、彼女を気遣うことなく行ってしまう。義憤に駆られ、憤然として晶は少女に近づいた。少女に対して文句を付けようとしているようにさえ見えたかもしれない。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
「あ、だ、だいじょ…コン! ゴホッ」
苦しそうな咳の間に息を吸うたび、ひゅうっ、という笛のような音まで聞こえてくる。
「ぜんぜん大丈夫じゃないわよ。家はどこ? 近くなら、家の人を呼んだほうがいいわ」
晶に背中をさすられて、少女は痛々しい笑みを見せた。
「高松、なんです。だから、連絡しても。大丈夫です、少し、休めば」
「駄目よ。咳、ひどくなるばかりじゃない。病院へ行きましょ。あ、でもあたしもこの辺良く知らないのよね」
「東京の方じゃ、ないんですか?」
「ん、まあ、長崎から、ちょっと、ね」
少しばかり照れくさそうに頬をかいて答える晶。
「あなたは? どうして高松からわざわざ、体調だって良くないのに」
何気ない一言に少女が頬を染める。あ、しまった、と晶が言葉を足すより早く、
「……会いたい人が、いるんです。あの、えっと」
「あはは、自己紹介もまだだったわね。晶。遠藤晶よ」
「杉原、真奈美です。遠藤さんも、そうじゃないんですか? 今日、どうしても会いたかったんです」
真奈美は、ひざの上で組んだ指先を見つめてつぶやいた。
「どうしても会いたくて、でもそんなこと言えなくて。だって、こんなわたしに会いに来てくれるだけで、それだけであの人にはたくさん迷惑かけてるのに、わたしの都合で会いたいなんて。だから、ここに来たら会えるんじゃないかって。お家に行ったらお出かけしたって、でも会えるかもしれないから、だけど会えなくて……」
つぶやくうち、真奈美の瞳に大粒の輝きが宿る。たまらなくなって、晶は真奈美の肩を抱いていた。
「大丈夫、きっとなにか急な用があったのよ。迷惑なんて、そんな訳ないでしょ。あなたみたいな娘に『会いたい』って言われて迷惑がるオトコなんていないわ。自信もって」
いたずらめかしてウィンクひとつ。真奈美の顔にもほんの少し笑顔が戻る。
「遠藤さん……、ありがとうございます」
「晶でいいわよ。それに、そんなに堅苦しくしなくてもね。そういうことなら彼に迎えに来てもらう?」
「え、だめですっ。ご迷惑ですからっ」
思わず声を上げてから、晶の言葉に気がついて恥ずかしそうに付け加える。
「それに、その、『彼』だなんて」
「なに恥ずかしがってるの、そのために今日来たんでしょ? まあいいわ、じゃちょっと待って、病院まで付き合ったげるから」
「でも、ご迷惑じゃ」
「気にしないで。あたしが勝手にすることだから。でも、落ち着いたらほんとに彼に電話しなさいよ。ひょっとして今ごろ、あなたのこと待ちくたびれてるかもよ」
「……はい。ありがとうございます」
「じゃ、ちょっと待ってね。電話するから」
言ってバッグから電話を取り出して。
「疲れてたら寝ちゃってもいいわよ。多分運べると思うから」
え? という顔の真奈美に、電話を指して意味ありげに笑ってみせる。
「わかりました、それじゃ」
納得した顔で目を閉じた真奈美から少し離れて、晶はリダイヤルのベゼルを回した。
ほんの一時間ほど前に別れた青年を呼び出し、その背に真奈美を預けて晶は病院へと歩いていた。さっきまで苦しそうだった真奈美も、青年の背におぶわれてからは不思議と落ち着いている。
時々よろける青年の背中を真奈美が占領していることに嫉妬めいた感情を感じないではないが、
(この娘じゃ、どうしたって応援したくなっちゃうわね……)
実際、安らかな寝顔の真奈美と青年の姿はお似合いに見える。
……まあ、青年の恋人は自分だし、真奈美には真奈美で想い人がいるわけだが。
「ちょっと、しっかりしてよ。ずいぶん汗かいてるわよ。軽いでしょ、その娘。あたしだってびっくりするくらい」
「ま、まあね。でも背負って長距離歩くってのはさすがに」
「がんばってよ。こんな時間じゃ流しのタクシーはないし呼んだって来ないから、背負ったほうが早いって言ったの、あなたなんだからね」
「わかってるよ」
「……その娘ね、高松から来たんだって。今日バレンタインでしょ、どうしても会いたくて、でも迷惑かもしれないから言えなくて、どうしようもなくて東京まで来ちゃったんだって。それなのにそのオトコと来たら!」
憤懣やるかたなし、といった調子で晶が語気を荒げる。
「朝から出かけたっきりどこにもいなくて、それで真奈美、あ、その娘の名前ね、街中探し回ったのよ。学校にだってきちんと行けないくらいなのに、この寒い中そんなことしてカラダ壊さないわけないのに、真奈美ったら迷惑かけてしまうから彼には連絡しないでくださいって。全くかわいそうなくらい一途なのよ。ひどいオトコもいるわよね。悪い奴に引っかかってるんじゃなきゃいいんだけど」
「そ、そうだね」
「なによ、かわいそうって思わないの? ちょっとひどいんじゃない」
「思ってるよ。だから……」
「え、なに?」
「だからこうして運んでるんじゃないか」
はぁ、とため息をつく晶。
「そんなの当たり前でしょ。やれやれ、オトコの人にはわかんないのかしら。いつだって泣くのは女よねー、真奈美」
真奈美の頬を軽くつついて角を曲がると、夜間外来の入り口が見えてくる。
「あそこね、先に行って話してくる」
そう言って晶は小走りに扉をくぐった。
「良かったわ、一晩眠れば落ち着くだろうって」
当然入れるわけはなく、診察室の外を落ち着きなく歩き回っていた青年に、出てきた晶がそう告げた。
「それにしても、あたしが見つけたときよりずいぶん良くなってるみたい。あなたの背中ってそんなに気持ちいいのかしら。今度試してみようかな」
「そ、それはともかく、彼女どうするの?」
「もう少し検査があって、ここで一晩入院ね。時間かかるそうだから、もう挨拶してきちゃった。明日、帰る前にもう一度様子見に来るつもりだけど。もう遅いから、飛行機明日のに変えたのよ」
「じゃ今晩はどっか泊るんだね。今度こそ送るよ」
「そうね。だけど、せっかくだもの、もう少しいいでしょ?」
言いながら自然な動きで青年の腕を引き寄せる。
「晶?」
「なに?」
「まさかそういうつもりで呼び出したんじゃあ、ないよね?」
「さあ、どうかしら」
翌朝。
前夜、「朝から顔合わせたら、また一日中一緒にいたくなるから見送りはいいわ」といってホテルの前で手を振った晶の飛行機が羽田を離れたのを確かめて、青年は真奈美の病室を訪ねていた。
「おはようございます、杉原さん。ご面会ですよ」
「おはよう、真奈美。カラダ大丈夫?」
「え、えぇっ! ど、どうしてあなたが……」
「では、ごゆっくり」
「真奈美のことならなんでもわかるよ。昨日はごめんね、電話してくれて良かったのに」
「そ、そんな……。でも、う、うれしいです。あのっ、わ、わたし、昨日どうしてもあなたに渡したいものがあって、それで、来てしまったんです。一日遅れですけど、受け取ってもらえますか……?」
Happy Valentine...??