| 辛いもの大好き |
| 辛いものが好きだ。 たとえば七味が効かないと、そばつゆにタバスコを落としたりしてしまう。 しかし、これは辛いけれどもいただけない。辛ければいいというものではない。だからといって、そばにはおろし立ての本ワサビでなきゃ、なんてぜいたくを言うつもりもない。最近伊豆のそば屋ではサメ皮のおろしに小指ほどのワサビを添えて出すのがはやっているけれど。 ぼくが好きなのは善光寺大門町御高札前「八幡屋礒五郎」の七味唐がらし。戸隠のそば屋はみなこれを使っている。大手ブランドの七味にはない辛さだ。本当は七味ではちょっと物足りなくて、大辛と称する一味をブレンドするといいのだけれど、辛さにはバランスというものがあるから辛くばかりするのは邪道かもしれない。 同じ意味で辛くはないけれど日本橋三越前伊勢定の「七妙とんがらし」もいい。これには「自然香辛料、漢方の薬味、食欲増進、食膳の供」とある。ほとんど薬なのですね。 練り物系の唐辛子では新潟県新井市の「寒ずり」が伝統的な製法を守って有名だが、会津の「ニンニク入りからしみそ」や富士吉田の「とうがらしみそ」もいい。 富士吉田は知る人ぞ知るうどんの町だが、ここのうどん屋には必ずとうがらしみそが置いてある。それぞれの家の手作りらしく、微妙に辛さも違うようだ。パンフレットによれば味噌と一味唐辛子をゴマ油で炒り付けて作るようだ。味噌の選択や分量で味も変わるのだろう。 練り物系で辛いのは、最近知人にもらったロタ島のも辛かったけれど、日本では沖縄のシマトウガラシの練ったやつではないだろうか。沖縄の辛いものといえば同じシマトウガラシを泡盛でつけ込んだ「コーレーグース」が有名で、「ふぃふぁち(ひはち)」という不思議な香りの香辛料も魅力的だが、シマトウガラシの練ったものの辛さは半端ではない。那覇の公設市場で買った大きな瓶詰めは、発酵が進んでいたのか、開けたとたんに中身が吹き出してびっくりしたものだ。今では銀座の沖縄物産センター「わしたショップ」でも売っていて唐辛子中毒患者にはありがたい。那覇の「マチグァー(市場)」で売っている大瓶詰めの迫力はないけれど。 しかし沖縄ではやはり「コーレーグース」がいいね。沖縄ソバにもアシテビチにもこれがいちばん合う。大汗流しながら飲むオリオンビール、そして泡盛のオンザロックスにはさらに合う。 コーレーグースと似ているものに、ブラジルのムーリョ・デ・ピメンタがある。ブラジルでは胡椒のこともピメンタというが、ムーリョ・デ・ピメンタはシマトウガラシよりも小型の唐辛子をマンジョーカ芋の絞り汁につけたものだ。 これを肉にも魚にもかけて喰う。ブラジル料理というと肉料理のシェラスコが有名だが、魚料理もいろいろある。カルデラーダという煮込み料理、エスカベッシュと呼ぶトマト煮、それに唐揚げ。アマゾン河口の町ベレンでは、河口の泥の中に棲むカランゲージョと呼ぶカニを食わせる。 茹であがったこぶし大のカニを、小さな棍棒で叩き割りながらムーリョ・デ・ピメンタを振りかけて食べる。汗が吹き出す、ピンガで口を洗う。熱帯の至福ともいうべき時が訪れる。ピンガはサトウキビから作るブラジルの焼酎だ。 泡盛とピンガ、酒としては泡盛の方が数段上等だが、滴る汗を拭き拭き飲む酔心地は共通している。暑いところの方が人は幸福になりやすいかも知れない。 今まで食べた中でいちばん辛かったのはというと、これは忘れもしない、インドネシアの唐辛子だ。今から二十数年前、生まれて初めての海外出張の時だ。ジャカルタ郊外の食堂で、小さな金属製の皿に載った緑色の唐辛子が付き出しのように出た。回りにいる地元の人はこれをぽりぽりと南京豆でも噛むように食べている。その食べっぷりから見てそんなに辛いものとは思わなかった。 ところがこれが、……辛かった。 口に入れてぽりぽりと噛んで、何だ大して辛くないや、と思った数秒後、口中が燃え上がった。あわてて水を飲むとさらに火がついた。それからしばらくの間、口を開けてひーひー、はーはー、汗は流れる、涙は出るでひどい目にあった。 あれは何だったのか、ぼくが口にした一つがとくに辛かったのではないのか。シシトウにも時々そういうのがある。だって周りの連中は平然としているんだぜ。 ところでインドネシアはイスラム教国で酒は飲まない。 海外の辛いものでは、ジャマイカン・シーズニングというのも捨てがたい。とてもスパイシー、とてもエスニックで、とても安い。日本でも売っていないかと探しているがまだ見つけていない。 あと日本のものでは柚胡椒。これは宮崎県綾町の物産センターで買ったのが香り高く素晴らしかった。長崎の道ばたで買ったのもよかったが、これはいまいち塩気が強すぎた。 Copyright(C)FUMIO ANSAI 1996 |