| 辛いものふたたび |
| 「辛いものが好きだ」と書いたのが『東京春秋第9号』(1996年発行)。 それ以降も私の辛いもの好きは高じる一方で、この一月には「藪不知の辛いもの大全」なるホームページを作ってしまい、そのせいで同好の士との交流も生まれ、情報も集まってきて、それまで知らなかった激辛ソースも入手してますますエスカレートするばかりである。 とにかくタバスコでは全くもの足らない。ジャブジャブかけると辛さより酸味が勝ってしまう。豆板醤も普通に売っている小ビンではあっという間になくなってしまうので合羽橋まで行って1キロ入りの業務用を買ってきてある。しかしそれで量は解決しても絶対的な辛さがもの足らない。大量に使えば塩辛くなる。 しかし世の中はよくしたもので、さらに辛いソースがいくらでもあるのである。 今卓上において愛用しているのが「サドンデス」と「インサニティ」の二種。インサニティとは精神錯乱・精神異常、あるいは狂気の沙汰・愚行といった意味だ。ともに辛さはタバスコの約25倍という。普通の人なら箸の先に少しつけてスープに溶かしただけで辛くて飲めなくなるだろう。 何を根拠に25倍などと言うのかとご不審の向きもあろう。実は辛さには単位があるのである。これは『トウガラシの文化誌』(晶文社刊)という本を読むまで私も知らなかった。それを「スコヴィル単位」という。 ウィルバー・スコヴィルという人が考え出した測定方法で、舌を使う。つまり唐辛子の辛みの抽出物に、甘みのついた水を加えていき、辛さを感じなくなったところで水の量を計る。たとえば抽出物の2万倍の甘い水を加えたとき辛さを感じなくなれば2万スコヴィル単位の辛さとする、というわけだ。もっとも現在では高圧液体クロマトグラフィと呼ばれる測定器が使われ、舌を使うことはない。 世界でもっとも辛いソースはというと、最近「メガデス」とか「ブレアの午前5時」というのが発売されたと言うが、私の手元にあるのは「ブレアの午前4時」。ブレアというのはアメリカの激辛ソース会社の社長の名前である。これが400万スコヴィル単位。ちなみにタバスコは2140スコヴィルで、「午前4時」は実にタバスコの1869倍の辛さである。これがどんな辛さなのか怖くてまだ試していない。なにしろ熊よけスプレーに使われているというのだ。これ、インターネットの通販で送料込み84ドルした。 私が実際に使っているもっとも辛い調味料は、「ファイナル・アンサー」という。これが150万スコヴィル、タバスコの700倍。どのくらい辛いかというと、うがい薬によくあるようなスポイトで一滴ずつ使うようになっているのだが、ボン・カレーとかククレ・カレーとかごく一般に売られているレトルトカレー(まったく辛くない)に二、三滴垂らしてよくかき混ぜると、これが、普通のレストランではまずお目にかかれないような激辛カレーに変身する。 口の中は辛いというより痛い。口をぬぐうとその周りまでヒリヒリと痛み出す。汗をぬぐうと顔中がヒリヒリになる。水をいくら飲んでも飲んでも口の中の炎は収まらない。鼻水が垂れる。汗はますます吹き出し髪の毛がびっしょりと濡れる。 なにを好んでそんな馬鹿なマネを、とお思いであろう。確かに。しかしこれがやめられないのです。一説によると、この痛みを和らげるために脳内麻薬「エンドルフィン」が分泌されるという。これがモルヒネと同じように働いて一時的幸福感がもたらされる。 この説、説得力あります。辛さ→痛み→脳内麻薬→快感。あっ、これじゃマゾだ。 最近さすがに反省している。こんなのは普通の辛いものの域を逸脱している。食道ガンの原因になるという話も聞く。 先日、十勝で「山わさび」と「行者ニンニクのペースト」というのを食べた。「山わさび」はいわゆるホース・ラディッシュ。ローストビーフの添えに出てくるあれだが、これに醤油をかけて熱いご飯でいただく。これがうまい。納豆に入れても良さそうだ。「行者ニンニク」はみそ汁に落とす。これも結構。 秋田の秘湯鶴の湯の藁葺き屋根の軒先に真っ赤な大ぶりの唐辛子下がっていた。その大ぶりの唐辛子が、葛飾柴又の小さな居酒屋にもあって、それで作った唐辛子味噌を刻んだミョウガに添えて出してくれた。唐辛子に味噌と酒と味醂を合わせたというこれが秀逸。辛さもなかなかのもので、燗酒によくあった。 これからはこういう辛さこそ大事にしよう。「辛いもの大全」もスコヴィルを追い求めるのはやめだ。まだまだ世の中には辛くておいしいものがある。 YAHOOで「辛いもの」を検索すると1ページ目に「藪不知の辛いもの大全」が出ます。 <東京企画刊「東京春秋」第14号所収> Copyright(C)FUMIO ANSAI 2001 |