| タイは屋台に限る |
| タイへ行って来た。 タイ料理は辛い。辛くて旨い。池袋のプリックや新宿の歌舞伎町屋台村のタイ料理の店(この屋台村はいつの間にかなくなってしまったが)でもかなり辛いのを食わせる。森枝卓士氏の『東南アジア食紀行』にも、タイの唐辛子の辛さは朝鮮半島やインドに勝る、とある。唐辛子自体の辛さが違うのだ。辛いもの大好き人間の私には何度でも行きたい旅先だ。 今回の旅は、勤続二五年たったものに与えられる二週間の休みを利用した。旅行会社に勤めて二五年、情けないことに配偶者との二人旅は子供が産まれてから初めて、実に二十ウン年ぶりのことだ。第一、二週間の連続休暇自体が初めてだ。もっと情けないのは休暇十三日目に半日出勤してしまったことだ。 それでもチェンマイ五泊、バンコク四泊の旅は楽しかった。チェンマイでは半日だけどプールサイドに寝そべって読書もした。取材で、ゆったりと寛ぐ外人を横目で眺め、何度羨ましい思いをしたことか。ゴールデントライアングルへの一日ツアーにも参加した。 今度の旅で分かったことは、タイでもホテルのタイ料理はちっとも辛くないこと、地元の人が食べているのはやはり辛いということ、 食事は値段も味も屋台に限るということ、などだ。(もっとも、タイ料理の正統は宮廷料理にあり、ということも知らないわけではないのだが) ゴールデン・トライアングルに近いチェンセンの市場で、これぞ本物と思われる「ソム・タム」を食べた。「ソム・タム」は北部タイの定番のサラダで、熟していない青いパパイヤの千切りに、トマト、ピック・ヌー(鼠の糞)という小ぶりの唐辛子(こいつが辛い)、ピーナッツ、パラという小魚の塩辛、生の沢蟹、その他幾つかのスパイスを深めの鉢の中で混ぜながらつぶす。味はナムプラ(魚醤油)とマナオ(ライム)でつける。ガイドのオウさんに、タイの人が食べるのと同じように辛くしてくれるように言ってもらった。 これは辛かった。食べているうちにじんわりと効いてくる辛さである。沢蟹の足が出てくる。寄生虫の三文字が頭をよぎるが、これだけ辛ければ寄生虫も生きてはいられまい、と思うことにする。汗が噴き出し口の中が燃え上がる。ご飯もシンハー(タイのビール)もなかったので、全部は食べ切れず残してしまったのは今でももったいない気がする。 オウさんによればタイの人は家庭ではあまり料理をしないそうだ。夕食は屋台でとるか、屋台の惣菜屋で買って帰る。チェンライの市場はちょうど時分どきで、夕食を買い求める人たちでごった返していた。 そこでは実にさまざまなものが売られている。長さ三センチほどの白い芋虫が大きな鉢の中でうごめいている。これを油で揚げたのはビニール袋に入れて売っている。竹の中に棲むという虫で、思いきって一番小さい袋を買って食べたが、なかなか香ばしく、ナッツのような味がしてビールにはピッタリだ。 さらにゲテモノ的な興味で言えば、蛙の姿焼き、もちろん生きたのもいる。タガメ、これは野菜をすりつぶしたような得体の知れないものの上に載っている。どうやって食べるのか。雷魚やなまずなど生きたさかなの種類も多い。塩漬けや干物もある。それにさまざまなみずみずしい野菜。唐辛子も大小数種類のものが売られていた。 チェンマイでオウさんの馴染みの屋台に連れていってもらった。屋台の麺には、日本の支那ソバのようなかん水入りの黄色い麺のほか、白いビーフンには、きしめんの三倍もありそうな幅びろのものから、極細まで数種類ある。値段は二〇バース。約八〇円。 様子が分かれば注文はオウさん無しでも難しくない。材料はガラスケースに並んでいるから、この麺にこれとこれを載っけて頂戴と、指さしながら日本語でやればいい。回りで食べている人を見回して、あれと同じの頂戴、とやってもタイの人は怒ったりしないようだ。 というわけでバンコクでは通訳無しで屋台を回った。牡蠣をメリケン粉を水で溶いたものと一緒に炒めたもの。豚足と野菜をご飯に載せたもの。名前は分からないがみんな旨い。値段は二〇から三〇バース。シンハーの大瓶が一番高くて六〇バース。これではホテルのレストランで食うのはばかばかしくなると言うものだ。 テーブルには粉唐辛子やプリック・ナムプラ(刻んだピック・ヌーをナムプラに漬けたもの)、酢、砂糖などの調味料のほか、生のモヤシ、インゲン、ニラ、パクチー(コリアンダー)、合歓を小さくしたのような形の葉っぱなど五、六種類がおいてあって好きなように料理に混ぜて食べられるようになっている。 屋台がいくら安くて旨いといってもちょっと、という人も多いだろう。そういう方には、バンコクの中心街、サイアム・スクエアの東急デパート六階の食堂をお勧めする。ここはいわゆるカフェテリア方式でまずクーポンを買う。それを持っていくつも並んでいる店で食べたい料理を注文するのだ。店の前に料理の写真が値段入りでかかげられているのでわかりやすい。屋台の大抵の料理はここにあるのではないだろうか。値段は五割方高め。でも冷房が効いているのはありがたい。クーポンは払い戻しできるので安心だ。 Copyright(C)FUMIO ANSAI 1998 |