「豊能九条の会」会員の声 ー 「憲法九条」への思い




軍国少年が現行憲法の擁護に

戦後、当時の文部省が全国で使わせ、私が中学校で学んだ教科書「新しい憲法のはなし」からの抜粋です。
@「・・こんな戦争をして日本の国民にどんな利益があったでしょうか。おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。 戦争は人間をほろぼすことです。・・そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように二つのことをきめました。・・ これを戦力の放棄といいます。・・しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国より先に行った のです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。 もう一つはよその国と争いごとがおこったとき、戦争によってじぶんのいいぶん をとおそうとしないことをきめたのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすはめになるからです。・・」
@軍国少年だった私を深く反省させ、戦後の日本復興の平和的思想の礎となった一文です。私の現行憲法擁護の深い決意はこの時の感動から始まって います。(畑中 進 69歳)




戦争を身近に感じてほしい

@どうなるの日本の国はと、私は心配しています。海外からも心配されていて、東南アジアの国や欧米でも首相の「靖国神社」参拝など、軍国 主義の復活ではと見られています。
@そのとき憲法を改正して、国家戦力を保持し、交戦権を認める、公益のために基本的人権も制約をうけるとの自民党改憲案が発表されました。 ここでは何のために戦争の準備をし、戦争するのか疑問です。
@また、いろいろ根拠の説明がありますが、私からすると「机上の空論」みたいです。もう一度、みんなで「戦争とは」なにか、考えてほしいと思 います。人間の行う最も卑劣な行為であり、集団ヒステリーにかかった軍団が、最強の武力で人間を襲い、最も弱い人々を殺し傷つけるのです。 すべて戦争だからしかたないといいながら。ここには、社会福祉や人権や愛情など入り込む余地はありません。
  @それでも戦争をしますか、その無意味な準備のために、公共の福祉、自分の人権まで制限されることを認めますか。ひとり一人の人生ですが、 良心の声を素直に聞くひとでありたいと願います。(日下 守)

                            



「憲法を変えて戦争にいこう」という自民党改憲案には絶対反対

現在の平和憲法が公布されたのが、1946年11月3日である。憲法第9条の2項で戦力の不保持をうたいながら、1950年8月には、警察予備隊は発足した。 その4年後には、自衛隊となり年々防衛力を増強している。防衛関係費は、年間5兆円になる。軍隊を持たないという憲法の歯止めがある中で、現実に は自衛隊という「軍隊」が存在する。自民党がたくらむ憲法9条の改憲によって歯止めが取れればどうなるであろう。集団的自衛権の行使によって、 海外派兵が行われ、戦争にかかわることになることは明らかである。殺されるかもしれないとなると「自衛軍」への志願は減り、徴兵制が行われる。 人が殺し、殺されることが起こってくる。60年間戦争で殺される人がいなかったのは、平和憲法のおかげである。「憲法を変えて戦争にいこう」とい う自民党改憲案には絶対反対である。(光風台 野光一)




日本国憲法への思い

@私は、昭和16年(1941年)4月生まれで、高校卒業まで出雲の斐川町で過ごしました。太平洋戦争では、兄は海軍に 行き、病気になりましたが復員しました。叔父は戦死し、近所でも亡くなった方が何人もいます。海軍の特攻隊基地が有り、宿舎となっていた学校か ら家の横の道路を基地までよく行ったり来たりし、我が家に兵隊さんが泊ったりもしていました。グラマンの銃撃もあり国鉄の鉄橋に弾が貫通した痕 が残っていました。
@日本国憲法が制定された時のことはよく覚えていませんが、四っつ違いの姉の教科書に墨が塗られていたことは覚え ています。当時、部落の寄合で父や兄たちが「わしらジャコの言う事も聞いてくれ」とお偉方によく噛み付いていました。国民主権、民主主義の憲法の 精神が田舎でも支持され根付いていたのです。私は、そういう中で育ちました。
@日本国憲法の特徴は国民主権、基本的人権、平和主義の三原則といわれています。その中でも何かといわれれば、私 は平和主義・第9条だと思います。今、憲法、特に9条を改正してこの三原則を弱めようという動きが高まっています。それがあたかも「改革・革新」か のごとく云う人がいます。私は、保守だと云われても日本国憲法、特に第9条を守っていきたいと思います。歩んできた人生の中からの思いです。 (東ときわ台9丁目  遠藤 富雄)




子どもたちへの贈りもの

「憲法九条」を改悪し軍隊創設が狙われているが、軍隊は戦争のために存在し、戦争は人を殺戮することが目的であり、 国として軍隊を持つことは自ら「国家テロ」を宣言することである。平和を維持するために軍隊が必要であると嘯くが、 それは将に支配者の論理であり、丁度教育現場における「愛と鞭」と同じ関係である。軍隊の存在下において人が死な なかった例は無く、平和と軍隊=戦争とは絶対に両立しない。いま、世界は戦争ではなく平和へのあらゆる方策を模索 しており、例えばハーグの世界平和市民会議は「憲法九条」を世界の憲法にすべきであると宣言している。このように 「憲法九条」は世界平和を構築する先進的な役割を演じており、最早「日本が勝手に手直し」ができないところまで醸 成されてきている。ところが、この平和構築の動きに真っ向から挑戦し世界に新たな殺戮の環境を設えようとするのが、 「憲法九条」を改悪して戦争のできる国づくりをしようとする動きである。戦後60年間、「憲法九条」のもとで戦争 によって人が死ぬこともなく、平和ボケが進行するほど安心して生活をしてきた環境を、さらに磨き上げて未来の子ど もたちに手渡すために、「憲法九条」を守り抜くことをわれわれ大人の責任とし、そのための行動を強めたい。 (光風台一丁目 湯淺精二)